武禅修行へGO!

武禅修行へGO!

4.行住坐臥実践の心得 Presented by

何度コケても立ち上がれ

 

道場訓
一つ、手順と順番は必ず守る
二つ、いい気分で生活する
三つ、感謝を忘れない
四つ、道場破りはおことわりする



 電脳山養心寺、山門前道場の道場訓だ。

道場長林KAZは、布施住職の影響からか、道場訓をあいだみつを風の字体でしたためる。そして然り気無く玄関やトイレ、靴箱の側面等に貼って、自己満足に浸る。林KAZは気まぐれで、道場訓を大体半年周期で書き変える。書き変えてはその上、その上にと重ねて貼っていく。養心寺、山門前道場の道場訓は、継ぎ足しでつくられた、秘伝のタレのようなものだ。

そうそう、道場訓四つめの項目、道場破りはおことわりするは、一番古い道場訓から存在するブログタイトル『道場破りはおことわり。』の元で、林KAZのお気に入りだ。


三度目の養心寺山門前道場


 僕は日常生活で、行住坐臥(ぎょうじゅうざが)、一切の事勢、これ最善の道場として頑張ってみた。

しかし、成果は全く出なかった。仕事に追われて稽古不足。筋トレ不足で萎(しぼ)んだ分の体重は走り込み不足も重なり、腰回りに余分なお肉がついた。道場長の言うとおりすると逆に弱くなった。今日は文句の一言でも言ってやろうと思う。

「道場長~!道場長~!」

一分ほど道場長と叫び続けた。道場長は留守らしい。道場長は運の良い人だ、帰ろう、と振り返った。玄関先には背筋がピーンと伸びた老師の姿があった。

「おおっ!老師、お久しぶりです!聞いて下さい!」

『なんじゃ、カズキ。騒々しのう。』

「道場長の言うとおり行住坐臥、一切の事勢、これ最善の道場として日常生活も仕事も武道修行のようにストイックに頑張ろうと努力しました。すると筋トレ、走り込みの時間が取れず、たちまち弱くなり、小太りになりました。僕は道場長にウソを教えられてアタマに来てるんです。責任を取れとまでは言いません。が、道場長には一言謝ってほしいんです!」

『カズキは相変わらず、自己中心的な考えじゃな。武道の極意とは自分で捕むもの。教そわってすぐできたら皆達人じゃ。おぬしはせっかちじゃのぉ。ここは禅寺の道場じゃ。まあ気晴らしに、坐禅でも組んで帰りなさい。』

せっかちと聞いてカチンと来た。その瞬間だった。

『バカも~ん!喝じゃ!!』

ビクーン!!四か月ぶりの老師の渇だ。アタマが一瞬真っ白になった。もしかして僕がまちがっていたのかもしれない。その思いが条件反射のように湧いてきた。

『うむ、おぬしはやはり見処がある。前に出した課題もクリアしておるし、大したもんじゃ!よし、大切なことを一つ教えておこう。』

僕は何をクリアしたのだろう、よく分からないけど褒めてもらえて少し恥ずかしくなった。

『うむ、おぬしはやはり見処がある。』

「ありがとうございます。」

『林KAZが行住坐臥を実践し、その意味をどこでどう知ったかは、わしにはわからん。』

『その不確かなものを耳にしたぐらいで、行住坐臥はこう言うものだと実践しても、まあ、当然の結果じゃな。』

「老師、では道場長は悪くないということですか?」

『うむ。』

「僕が悪いということですか?」

『誰も悪くない。』

「では、何をどうすれば上手く行ったのですか?」

『・・・うむ。』

『カズキは自転車に乗れるか?』

「老師、バカにしないでください。あんなもの誰でも乗れますよ。」

『そうか・・・、ワシは乗れん。』

「えっ!?」

逆に僕が老師をバカにした形になってしまい、急に焦った。ものすごく悪いことをしたという罪悪感と、叱られたくないという気持ちでいっぱいになった。

『では、ワシに自転車の乗り方を教えておくれ。』

「えっ!?」

『自転車の乗り方じゃよ。』

「老師、それは無理ですよ。何度も乗ってコケるしかありません。あれは自分で練習して、何度も痛い目にあって乗れるようになるもんです。」

『なるほど。』

「まあ余計なお世話かもしれませんが、なるべく大ケガをしないように、ヘルメットと膝・肘のサポーター、グローブなどは貧乏性にならずに買って、面倒臭がらずちゃんと着けてください。」

『ありがとうカズキ。』

「どういたしまして。」

『行住坐臥も同じじゃ。』

「・・・、えっ!?」

『林KAZに文句を言うのは、ワシの戯言(たわごと)を聞いてからでもよかろう。さあ中へ、お茶でも出そう。』

「ありがとうございます。」

老師は大東流合気武術、佐川幸義先生の考えを話してくださいました。


理屈はあとから


 先生は合気揚げについて、さまざまな助言ををおこなっていた。合気を体得できるとすれば、その入口が合気揚げにあると、くりかえし語った。

 ある日、先生は合気揚げの稽古をしている門人に、叱声を飛ばした。

「手をこちょこちょして、いろいろ考えたって、何にもならないんだ。そんな邪心をおこすから、いつまでたってもできるようにならない。
 ほんとうに大事なのは、相手に押えこまれている両手の手首に自分の力を集中させてしまうことなんだ。それだけを考え、肩の力を抜いてしまう。
 この動作が無心に行えるようにならないかぎり、絶対に合気は取れないよ。私もそのように鍛練修業を続けてきたんだ。ほんとうはそうなんだが、そんなふうに教えたら、いまの人は退屈で、嫌になってしまうから、合気投げなどを入れて、理屈っぽく教えているんだ。
 いまの人は理屈から入らないと、うまくなる気がしないからね。しかし手首への集中力がほんとうにできてこないと、合気投げだって何だって何もほんとうはできないのだ。
 だからよく、合気投げなんてやってもしょうがない、揚げ手をやりなさいというでしょう。その理由はふつういわないが、実はこういうことなのだ。
 合気はまず勘でとらなければだめだ。できるようになってから、なぜできるかと理屈を考えていったのだ。最初から理屈を考えてもできるものではない。こんな難しいものは、勘がよほどよくないとできないよ。うちのお弟子さんには勘のいい人が一人もいない。
 だから誰もできないといってるでしょう。生まれつき器用、不器用とあるが、あんたらは特に不器用なほうに属するからね」
 
孤塁の名人 彼岸からの声P221~222

矢印マーク  津本陽著『孤塁の名人』


 木村達雄著書透明な力とともに、林KAZ、30代前半のバイブル。いい加減だった思考のパターンを書き換えるために何度も読んだ。


『先にできるようになる。理屈は後からじゃ。』


「老師、常識的に考えると、やはりどんな物事でもきちんと説明を受けて、理解して納得してから行う。これが筋道ってものじゃないですか。」

『常識のう・・・。』

「さあ老師!もったいぶらずに行住坐臥がちゃんと分かるよう説明して下さい!」

『はて、ワシはもったいぶったりしておらんがのう・・・。』

「老師!おねがいします!」

『カズキ、同じことを繰り返すぞ。』

「えっ?どういうことです?」

『カズキ、ワシが自転車が乗れるように、きちんと説明してみい!』

「老師、いくら教えたくないからって質問返しはよくないですよ。」

『 いいから言うてみい。』

「分かりました、その代わり言ったら絶対に教えてくださいよ!」

『うむ。』

「ヘルメットや防具をきちんと着けて備えてください。ケガを怖れず何度もコケて体で覚えてください。あとは老師のやる気次第です。」

『ありがとう、十分わかりました。』

「いえいえ、どういたしまして。では教えてください。」

『行住坐臥も自転車の乗り方と同じじゃ。とにかく実践あるのみ。先にできるようになる。理屈は後からじゃ。』

「・・・、えっ?」

『うむ、まだ納得しておらんようじゃな。ではまた戯言を続けよう。参考にしなさい。』

「ありがとうございます!」

再び老師は大東流合気武術の佐川幸義先生の考えを話してくださいました。


何でも教わろうとするから進歩がない。自分で研究する意識がまるでない。


 『あんた達は、何でも教わろうとするから進歩しないんだ。自分で研究するという意識がまるでない。私は、あんたらに合気を教えるつもりは毛頭ないし合気はこのまま墓場に持って行くよ』

津本陽著:孤塁の名人 繊細な感覚P135

考えの積み重ね


 人間は本来凄いもので、余計なものを取り除いていったら出来るようになるという考えでは出来ない。
 やはり、いろいろ考えて積み重ねていかなければならない。数字だって他の学問だってそうでしょう。

木村達雄著:透明な力 P89〜90


自得について


 いくら教えても習っただけのものはすぐ忘れてしまうのだ。しかし、自得したものは決して忘れず自分のものとなる。要するに教えるということはヒントを与えるのに過ぎない。自得しなくてはならない。特にに合気は一種の内部感覚で自得しななければならない。
 何でも質問すればよいというものではない。何でも教わろうという考えではいけないのだ。体が違うのだから同じやり方がよいとは必ずしも言えない。
 実行している中から自然に自分で気づいてくるのだ。自分でやっていかなければ良いものはでてこないのだ。自分にあったやり方でやっていくのだ。
 何でも教えるというわけじゃないし、またそんなことは出来ないよ。教えることのできる基本というのはいわば骨組みなのだ。その骨に肉付けして実際に使えるようになるのは自分自身考えでやるのだ。骨だけじゃ戦えないよ。
 だから、習ったとおりにばかりやっていても、駄目なのだ。自分でそれを肉付けして幅を持たせなければならない。不思議なことにいくら教えても自分で得たものでないとうまくできないものだ。

木村達雄著:透明な力 P90〜91

矢印マーク  木村達雄著『透明な力』


林KAZ、30代前半のバイブル。いい加減だった私の思考パターンを書き換えるために、何度も読んだ。繰り返し読んだ。30代の勝負時、佐川イズムが、私を支えた。

最初はまぐれでいい。理屈は後から。その後経験を積み重ねて、まぐれがまぐれでなくなる。


 老師が言う佐川先生の言葉が胸に刺さった。

僕は極度の面倒くさがりで、実際何をするときも、面倒くさいと思うと、いかに手を抜くか、楽をして効率のよい方法はないか、無駄な苦労はしたくないとばかり考えていた。僕は楽をしたいと考えて行動するクセが身体にしみついている。

だから、自分で研究しようという気持ちになったことはない。自転車の練習は六歳頃の話しで、実際どう考えて行動したか覚えていない。

元寇を対処した北条時宗と比べたら、僕は同じような行住坐臥をしていない。

ようやく老師の伝えたいことが分かってきた。

 自分で研究するという意識がまるでない。何でも教わろうとすると進歩しない。

これは、何でも教わろうとせずに自分で研究すれば進歩する、と言い換えられる。
僕は道場長に行住坐臥を教わった。教えてもらったことはヒント。ヒントからできるようになるために、自分で研究をして経験を積み重ねる。僕はこの部分で結果が出なかったことに苛立って、道場長のせいにしてしまった。

僕が間違っていた。それなのに道場長を謝らそうとしたことが、とても恥ずかしく思えてきた。

「老師、僕が間違っていました。どうもすみませんでした。」

『何がじゃ?』

「僕は面倒くさがりで楽をしたいと思い、すぐに結果を求めています。それなのにいざ行動するときは考えるのをやめています。面倒なことをするときは、流されるがままに時が経つのを待っているか、もしくは仕事でも家の用事でもパパッと早く終わらせて、家でYouTubeでも観ながらコーラとポテチでまったりしようと思って行動しています。このような僕の考え方と行動を、元寇を防ぐために行住坐臥を実践した北条時宗とを比べた時、僕は全くできていないと痛感しました。」

『なるほど。』

「なんだか自分の問題が少し分かりました。ありがとうございました。出直して来ます。」

『うむ、あっぱれカズキ、それが経験の積み重ねじゃ。よくやった。』

「えっ?」

『心随観の基本である観察と、懺悔の行、感謝の行をまぐれでやった。自得の第一歩じゃ。』

「ええっ!?」

『客観的に過去を振り返る。それが観察じゃ。そして自分の行動を省みて反省し懺悔した。それが懺悔の行じゃ。そこで自分の問題が分かり、ありがとうございました、と感謝した。それが感謝の行じゃ。』

「・・・。えっ!?よく分かりませんが、僕、自得できたんですか?」

『うむ、できた時はそういうもんじゃ。理屈は後からじゃ。』

「いや、でもただのまぐれですよ!」

『最初はまぐれでいいんじゃ。まぐれも起こせない奴はおる。』

「なるほど!とにかく先ずはまぐれ。その後理屈。その後経験を積み重ねて、まぐれがまぐれでなくなる、ということですね!」

『そうじゃ。勘が働きだしたのぅ。そうやって勘を出すのが大切なんじゃ。よし、勘の重要性についてもう少し話すとしよう。』

「ありがとうございます!」


やはり武術には才能というのがある、勘とか色々ね。


 木村達雄氏が書きとめた佐川幸義先生の言葉は、いかなる片言隻句(へんげんせきく)も、見逃がすことのできない重い存在感に裏づけられている。

「うまくなって人より抜きん出るためには、何か自分のやり方をつかんでいて、さーっと瞬間すごい集中力でいくような人でないと駄目だ。

 力をいれてもたもたもつれあっているようでは見込みがない。あまり力のありすぎる人は、力に頼るからうまくならないよね。やはり小さい時からやらないと駄目かもしれないね。もっともそれも人によるね。スピードがなく、もたつく人は駄目だ」

 先生は、実戦では瞬間的にやらねばならない、稽古のときはいろいろなスピードでおこなうが、実際は速くなければ役に立たないと、常に門人に教えた。

 自分の得意技を極め、それを徹底的に反復練習しておけば、いざというときにはその技が、迷うことなく自然に出てくるというのである。

 小さい時からやると技の核心をつかみやすいというのは、先生の体験による感想であろう。真剣勝負は斬るか斬られるかの闘いだから、気が弱い方が負けてしまうのが先生の持論である。

いくら稽古をくりかえし、技の形だけを身につけていても、魂と魂の戦いである実戦では、精神力に劣るほうが動きに遅れ、斬られるというのである。

 新陰流二十世宗家柳生厳長(としなが)氏は、剣の奥義について、佐川先生と同意の秘伝を残された。

 「剣の奥義は攻撃精神の純粋持続である」

佐川先生は武術の素質について、きびしい現実を語った。

「やはり武術には才能というのがある、勘とか色々ね。そういう才能のある人が大いに鍛えてはじめて達人となれる。勿論才能があっても鍛えなくてはだめだ。しかし才能のない人はいくらやったって達人になる事はできないよ。ある程度までにはなるかもしれないけどね」(木村達雄著『透明な力』)

先生の言葉は、事実を的確に把握しているので説得がある。
 

孤塁の名人 言外の理P159~160


行住坐臥は勘を後天的に身に付けるためにする禅


『うまくなって人より抜きん出るためには、何か自分のやり方をつかんでいて、さーっと瞬間すごい集中力でいくような人でないと駄目じゃ。』

『この“自分のやり方のというものを見付ける手段の初歩”が、観察、懺悔の行、感謝の行じゃ。』

「えっ!?どういうことですか?どうして観察、懺悔の行、感謝の行が自分のやり方のというものを見付ける手段の初歩なんですか?」

『ワシが答えてもオヌシの答えにはならん。いくら教えても習っただけのものはすぐ忘れるが、自得したものは決して忘れず自分のものとなる。要するに教えるということはヒントを与えるのに過ぎないんじゃ。』

「そうか、そういうことだったのですね、なんとなく分かってきました。とにかく肝心なところは自分で捕まえるしかない、自転車のように何度もコケるようなことをしなければならない、ってことですね!」

『そうじゃ、何度もコケる勇気と根気が必要なんじゃ。』

「勇気と根気かぁ・・・。老師、そこら辺、少しでも楽をできる方法はありませんか?」

『バカも~ん!喝じゃ!!』

ビクーン!頭が一瞬真っ白になった。僕がまちがっていた、ここでこの質問は間違いだ。自分の弱さが恥ずかしい。そう思っていると・・・。

『うむ、おぬしはやはり見処がある。順番抜かしや楽ができないか抜け道を探さず、小さなことからコツコツとやれば、必ず道は開かれるぞ。』

「ありがとうございます!」

僕は老師の優しさ、あたたかさに感謝していた。

老師は『順番抜かしや楽ができないか抜け道を探さず、小さなことからコツコツとやれば、必ず道は開かれる』考えのお話しをしてくださいました。


「少しずつでも続ける」を心がける


 「継続は力なり」という。
 そのとおりだ。
 歴史書が大好きでよく読むが、仏教の歴史本に『最下鈍の者も12年を経れば必ず一験を得ん』という言葉をみつけて、思わずヒザを打った。日本天台宗開祖・最澄の言葉で、最下鈍__すなわち「どんなに愚かで才能のない人間であっても、一つのことを12年続けていれば、必ず一つは秀でるものをつかむことができる」という意味だ。
 「最下鈍の者」とは最澄自身を指していて、比叡山にこもって修行したのが19歳から31歳まで。
 この修行年数が12年というわけである。
 最澄に自分をなぞらえるのはおこがましいが、さしたる才能もない僕がなぜ213勝をあげることができたのかといえば、その最大の要因は「継続力」にあると思っている。
 だが、何事も継続するというのは苦しい。
 「よし、今日からダイエット。毎朝5キロ走るぞ!」
 と、決心は誰でもできるが、それを継続するのは至難のワザ。
 1日目、頑張って走る。2日目、なまけ心にムチ打って走る。3日目、雨が降れば、
 (や~めた)
 となって、ジョギングは三日坊主で終わり、
 (俺って、意志が弱いな)
 と落ち込むことになる。
 ジョギングに限らず、こうした経験はどなたにもあるだろう。資格取得を目指した出勤前の早朝勉強など、たいてい挫折すると聞いたことがある。
 だが、僕に言わせれば、これは意志が弱いのでも何でもない。継続するのには志が高すぎただけなのだ。
 つまり“目標値”を先に設定し、それを継続しようとすることに無理がある。“目標値”を成果から逆算するので、どうしても目一杯のものになる。そんなことが長続きするわけがなく、挫折して当然なのである。
 僕は逆発想する。“目標値”を成果から逆算するのではなく、継続できるかどうか、から考えて決めるのだ。
 たとえば毎朝走るなら、「何キロだったら毎日続けられるか」を考える。だから思い切って距離を短くする。五キロを目標にしたと思ったら、1キロにする。これだったら、雨が降ろうがヤリが降ろうが継続できるからだ。
 これは僕の考え方だが、「継続は力なり」の「力」とは精神的を養うことを意味すると思っている。
 たった1キロでも、1ヶ月、2ヶ月、半年、1年と続けていくうちに「俺はやりとげている」という自信が腹の底から沸き上がってくるものだ。5キロの距離をノルマにして挫折すれば「自己嫌悪」、わずか1キロでも継続すれば「自信」。どっちがいいか、言うまでもないだろう。
 継続することの大切さを教えてくれたのは、日大藤沢高校と対戦し、荒井先輩と僕の二人とも打ち込まれて惨敗を喫した翌日、荒井先輩から二人で登校したら毎朝66キロをランニングするというタスクを課された。
「先輩、今日は土砂降りですよ」
 休もうと思って言うと、
 「合羽を着ろ」
 ニベもなかった。
 だから雨が降っても雪が降っても走った。すると、日課として継続するうちに面倒くささ、辛さが消えていったのである。そして、このランニングは僕を投手として成長させてくれた。ランニング自体が投球に影響したというより、精神的に強く、たくましくしてくれたのだろう。荒井先輩から「継続」という貴重なことを教わったので
大きな目標を掲げ、自分を厳しく律し、継続できる人を「天才」と呼ぶ。凡人に天才の真似はできない。継続できるだけの小さな目標を持ち、毎日、コツコツとやっていくことで、凡人は少しずつ、しかし確実に進歩していくのだ。
 もし、僕に才能と呼べるものがあるとすれば「凡人」としての自覚を持てたことだろうか。天才のように、きついことを長くやるのは駄目で、軽いことを長くやるのが得意な人間であることが高校時代からわかっていた。
 だから無理をしない。
 ダンベルを購入して手首を鍛えるのを日課としたが、重さは2キロと軽いものにした。この重さなら苦にならないからだ。
 さらに、トレーニングが10種類ほどあったが、僕はそれを1日3種類だけにした。寝る前に自分かならずノートを開き、表をつくって10種類のトレーニング内容を書き記し、ノートの下半分には、その日に行った3種類のトレーニングに◯をつけていった。3種類だけなら、10分もあればできるからだ。そして、本当は10種類全部やるのがいいことはわかっている。しかし、それをやれば苦痛になって続かないということもまた、僕にはわかっていたのだった。 
ちなみに、高校時代から始めた2キロのダンベルトレーニングは、30年が経った今でも、休まず継続している。

中日ドラゴンズ 山本昌著:継続する心_それが力を生むんだ_第1章 続けるP46~50


矢印マーク  中日ドラゴンズ 山本昌著:継続する心_それが力を生むんだ_


 凡人から抜け出す瞬間が記された名著書。継続は力なり。いや、力があるから継続できるのかもしれない。小さな力を大きくする極意がここにある。



鍛練について


 佐川先生は十七歳で合気の極意をつかんでしまった。それを強化するためにいろいろ鍛練を考えているので、最初から普通の人と考え方もやり方も違っている。それでも、若いときはダンベルやバーベルなどで鍛え逆三角形のすごい筋肉質の体を作ったが、その割に技の効果が少なく、「これではいけない」と考え方を変え鍛練の仕方もありとあらゆる方法を研究し、ついに独自の方法を次々に開発していったのである。そして何十年と今でも休みなく鍛練を続けているのである。なお、筆者は最近先生が使っておられた鉄ゲタ、鉄槌、鉄棒、鉄パイプの槍を見せていただいたがその重さに驚いた。例えば、鉄槌も三種類あり、そのひとつは八キログラムで柄の先をもって片手で振るとのことであったが、筆者が実際に持ってみて、これをいきなりやったら腕をこわしてしまうと思った。軽いものから始めて段々強くしていったとのことである。

木村達雄著:透明な力 P55

自分の心から出てくる欲求が対応しなければ理解できない。


 佐川先生は、合気がとれるか否かは、その人の気性によるといった。

 やるべきところをどんなことがあってもやり遂げてしまうという、執念が必要であり、それを持たない者は、何年稽古したから上手になると期待しても、無駄である。おなじところにとどまっているだけで、何にもならないのである。

 道場稽古を何年続けていても、合気はとれない。体さばきが必要だから、それをやれといっているのにやらないのは、何をしていいか分からないからかもしれない。しかし、噛んでふくめるように教えても、自分の心から出てくる欲求が対応しなければ理解できない。相手がほんとうに突き、蹴り、投げようとしてきたとき、どう対応するかを自分で考え、工夫し、鍛練することで、技が少しずつ上達してくる。

孤塁の名人 彼岸からの声P230


「小さなことからこつこつと」は有効か


 関西のお笑い業界の大御所で、「やすしきよし」という漫才コンビで人気を博し、参議院議員としても大阪選挙区で三度当選している西川きよし師匠の座右の銘は、「小さなことからコツコツと」という、ありふれているようで、実にユニークな響きを持つものでした。小さなこと、できることを地道に積み上げていくという、一見地味にも映るこの言葉は、やすきよ(やすしきよしの略称)の相方であった故・横山やすし師匠の破天荒なイメージと対照的であることも手伝って、西川きよし師匠のキャラクターイメージにもなっています(ちなみに相方のやすし師匠の、もっとも有名なキーワードのひとつは「おこるでしかし」でした)。大きな功績を積み上げてこられたきよし師匠のポリシーは、当研究所としても注目に値するところですが、「小さなことからコツコツと」は、どういった点で有効なのでしょうか。

小さなことならすぐできる

「小さなことからコツコツと」何かをやる、ということには、二つの意味があります。ひとつは、「何かのアクションをはじめる」という決意、もうひとつは「(短期的な)目標設定を低くする」という計画です。スポーツや勉強、資格取得、投資など、何にでもあてはまるのですが、参加する、つまり実際に行動しなければ「考えているだけ」なので、出来事としての変化は、ほぼ起きません。

何か大きな「コト」が起こるには、小さくても何らかのトリガーが必要なのですが、「小さなことからコツコツと」という方針は、「大きなことを起こすトリガーのとなるアクションを、実際に起こすためのハードルを下げる」という効果が見込めます。これは結構大きいものです。というのは、人間というものは、何かを実行しようとしても、生活や仕事、趣味、休息など、他に優先することがあると、ついつい「明日でいいや」と先延ばしてしまったり、先延ばしの結果「まあ今回はいいや、またいつかやろう」というふうに、せっかくの「大きなことの発生の芽」を摘んでしまうことになりがちだからです。その点、「小さなこと(やりやすいこと)」で、なおかつ「コツコツと(少しずつ)」であれば、少々忙しくても「とりあえず、やっておこうか」という気にもなりやすくなります。小さなことは、それほど気力や労力をかけなくても、案外きちんとできるものなのです。

継続することで威力を発揮する

このキーワードには、他にもいくつものメリットがあります。コツコツ続けることで、結果的に「大きなこと」が起こるチャンスの芽にもなりますし、さらには小さな「やった感、やり感」を積み上げていくことで、自信にもつながります。もちろんコツコツおこなってきたことが、結果的に経済活動としては利益が出なかったり、アクションしなかった場合には遭遇しなかったようなトラブルが生じるという、デメリットを被る可能性もゼロではないのですが、「考えているだけでアクションしない」という選択よりも、現状打破の可能性という意味では、確率はぐっと上昇します。「継続は力なり」という格言のとおり、「小さなことからコツコツと」持続することは、少しずつではありますが、確実に積み上げるという一種の人間力として、必ずなにがしかの変化を生むことになるのです。

矢印マーク  参照:「小さなことからコツコツと」は有効か


Wiki参照:西川きよし
横山やすしに何度も口説かれてコンビを結成したあとは、人気を博した。漫才コンビ「やすしきよし」は漫才ブームの火付け役になり、日本武道館での公演も果たした。
1986年、「中学校を出た人間が、高校しか出てない人間が、一生懸命やったらどのぐらいのことができるか、やってみたいです。」と参議院議員選挙に大阪選挙区から無所属で立候補し当選。
座右の銘は「小なことからこつこつと」である。



小さなことを少しずつ継続させる。


 ようやく分かりそうで分かっていなかった部分が見えてきた。
 僕が面倒くさいと思っていたことは、継続するのには志が高すぎたんだ。見栄をはって、少しでも偏差値の高い大学に行こうとして予備校に通ったり、無理に英単語や公式を丸暗記しようとしたり、一日五時間勉強すると目標を立てたりしたけど、思った通りできなくて、自己嫌悪に陥ったな・・・。逆の発想で、継続できるかどうかから決めればよかったんだ。

先ずは継続できるように、徐々に徐々に、少しずつ少しずつ、小さなことからコツコツと習慣付けよう。


「老師、ありがとうございました。」

「おかげで分かってきました。気持ちを入れ換えてもう一度、行住坐臥(ぎょうじゅうざが)をやってみます。」

『うむ。』

「お邪魔しました。」

よし、帰ってもう一度、行住坐臥で日常生活に取り組むぞ。

その前にもう一度、お復習(さらい)しておこう。

 行住坐臥は自転車の乗り方と同じで実践あるのみ。最初はまぐれで先にできるようになる。理屈は後から。

 何でも教わろうとせずに自分で研究すれば進歩する。

 行住坐臥は勘を後天的に身に付けるための禅。

 心随観の基本 客観的な観察、懺悔の行、感謝の行

 客観的な観察、懺悔の行、感謝の行は、自分のやり方を見付ける手段の初歩。

 いくら教えても習っただけのものはすぐ忘れるが、自得したものは決して忘れず自分のものとなる。

 教えているのはヒントを与えているに過ぎない。教わった後、研究と経験の積み重ねを継続させる。

 継続できる習慣を身に付ける。面倒くさいと思うことは、継続するのには志が高すぎること。逆の発想で、継続できるかどうかから決めればよい。

 順番抜かしや楽ができないか抜け道を探さず、小さなことからコツコツとやれば、必ず道は開かれる。


三か月後、再び養心寺山門前道場へ


「老師~!老師~!」

(カズキの修行はつづく)
(2019.1.17)

↑ PAGE TOP

inserted by FC2 system