武禅修行へGO!

武禅修行へGO!

2.30代へのパスポート。 Presented by

~25歳の暗中模索~


代用品では満たされません。


 ウェブサイト『サッカーおでん』の理論に合わせて、僕はサッカーボールを蹴っています。 僕が小学四年生の頃感じていた『ボールを蹴る爽快感』を取り戻すことができました。当時フォーム修正を失敗したインステップ・インフロント、インサイドでも強く気持ちよく蹴れます。(※フットサルの実戦では、思ったように蹴れませんでした。
今はまだゲームで扱うレベルに僕は達していません。止まったボールをただ真っ直ぐ壁に蹴ることが、上手くなっただけです。)

武道や格闘スポーツででも、同じように手ごたえを感じています。

身体の操作と崩し・崩れ方が以前よりわかるようになりました。
今までの僕は格闘スポーツのスパーで、投げ技や・タックルが上手く決まらない理由を身体の操作が出来ていないからだと、拘っていました。もしくはインナーマッスルや不随意筋肉の操作が出来ていないか、強度が不足しているからだと考えて、拘っていました。6月4日、けじめのイベントをクリアし、その拘りがなくなりました。

拘りがなくなった理由は簡単です。動けば爽快感があるからです。多分一流の選手・競技者は幼少期から爽快感を感じながら動くことができたのではないでしょうか。

一般の方のなかには、僕以上にボールを蹴って、爽快感を感じている人はたくさんいると思います。
そういう方々が、趣味としてサッカー・フットサルを行うと楽しいし、日々が充実します。
しかし強いボールが蹴れない人は反対です。
『ボールの芯・中心を蹴って感じる爽快感』がないので、サッカー・フットサルをやってもスカッとしません。スカッとしないのに、サッカー・フットサルで休日を潰そうと思うでしょうか?

絶対に思いません。
徐々に足が遠のいて行きます。
それを止めるためには、別の理由付けをする必要があります。

『フットサルで走れば、単に走るよりは楽しいよ。』
『人間関係が良くなるよ。』

と言う感じです。
純粋なサッカー・フットサルの楽しさは、どこにもありません。
 どのようなスポーツ・武道・武術・格闘技、また文化系の物事でも、この爽快感を感じることが人生の生きる喜びだと思います。
僕は小学五年生で、この爽快感を見失いました。
サッカーボールを蹴って爽快感を得ることが出来なくなってからは、『別の理由付けをして生きていくこと』と、『爽快感をさがすこと』の二つのことをする人生が始まりました。
『別の理由付けをして生きていくこと』は永遠にループするので、本当につらいです。
真理・正解を得ないので、ずーっとモヤモヤし続けなくてはなりません。

逆に爽快感を感じるものを、しっかりと持った方は『爽快感を感じるために生きること』一つにしぼって生きて行くだけです。
常に爽快で、正道を歩んでいる感覚があると思うので、人生はきっと充実して楽しいでしょう。


より精度高く『爽快感を得るもの』を持った方が、その道の名人・達人です。

本来、代用品では満たされません。そのことに気が付かずに今(H.29.6.4)まで生きてきました。

無関心の物事は無関心でいることが一番だ。


 代わりの理由でやっていた物事は、全部どうでもいいことでした。僕はそれが分らなかくて、もがき苦しんでいました。
その一方で、小学5年生で見失った爽快感を、取り戻すための人生が始まりました。

約29年かかりました。

ついに、小学校のグラウンドでボールを蹴っていた幼い僕に再会できました。
「おじさん、だれ?」って言われると思います。
でも僕は泣きながら伝えます。
「やっと取り戻したよ」って。

本当に長かったです。
今は独りになりました。
回りの人たちは、いつの間にか居なくなりました。
爽快感を取り戻す旅は孤独です。
僕はあきらめたくなかった。

回りとは、噛み合う日常会話も無くなりました。
一時、話のネタにでもと思って、魚釣りに手を出したり、ゲームに手を出したりしました。
結局続きませんでした。

むしろ続けることにストレスを感じました。

無関心の物事は無関心でいることが一番だと、改めて思い直しました。


この年になると回りは皆不健康で、僕は健康です。
趣味は武道・格闘技時々サッカー。
好きなことを話すと、不健康な方々の癪にさわります。
孤立はしてないのですが、孤独です。
昔は回りにわかって貰いたい気持ちがありましたが、今はなくなってきました。
自分が自分のことをわかるところにポイントがあると、わかってきたからです。

回りにいた皆はどこかで妥協して、理由を付けて引き返して行きました。


『いつまでやってるの?』『早く大人になれよ』

回りはそう言う誰の声とも分からないものに説得されて居なくなりました。

『やるべきことがあるだろう?』

『やりたいことを探すのはいい加減やめにしなよ』

そのような誰かの言葉に流されて、爽快感のないことを永遠に繰り返す日々に追い込まれる。
本当にそれがキツイことだと僕も知っています。
あきらめた場所がわかるから、もうこれ以上話せません。
話をすると、その方を傷付けてしまうからです。


あの頃の幼くて純粋無垢にボールを蹴っていた僕に、コソコソせずに会いに行けたことが、本当にうれしかった。

僕が動作で爽快感を感じられるようになり始めてからです。

以前なら無視していた競技のセオリーにも目が行くようになりました。
以前何度もやられた技のシチュエーション・競技のセオリーが理解できるようになり、何となく真似出来始めました。
やられた技が使えるようになる。
漫画みたいな状況が起きて、単純にやっていておもしろいです。



自分自身の本質的な部分を変える方法を伝えたい。


 以前は誰にもアドバイスはしませんでした。
身体の使い方を意識して競技をすると、それに囚われてスランプになると考えていたからです。
出し惜しみしてた訳ではありませんが、結果的にはそうなりました。
人それぞれ、好きに動けばいいと思い、ちょっとしたコツも、特に言いませんでした。

今はもう少し気楽にアドバイスするようにしました。
その人の性格や動きをみて、何を話すか、タイミングは今なのかどうか、察しながら伝えるようにしています。
僕のアドバイスが効いているかの真相はわかりません。
ただ、アドバイスを受けた側がほんの少しやる気がでたり、手ごたえを感じて下さればいいと考えています。

僕の武道・武術・格闘技・スポーツのテクニックは、ハッキリ言ってしまえば、すべてこの世に出ているものです。
検索ワードを少し考えれば、インターネットで出てきます。
世にあるものを、もう一度僕がブログでコツを記す必要はない状況です。
僕が記すことは、見たり教わったりして来たけど、もう一つできるようになれなかったひとが、できるようになる道筋を示すことだと思います。
それが僕の通った道であり、僕的には鉄板だからです。
断片的な写真のような、一つのテクニックを伝えるよりかは、自分自身の本質的な部分を変える方法を伝えたいと考えています。


できなかったことができるようになった体験・経験を繰り返して、この部分が意識できるようになりました。

過去教わった『努力の方法』や『継続は力なり』など、何となく的外れです。
できる奴になる。

だからできる。
力がある。
だから継続できる。

これが実感した感覚です。
この感覚の部分を、意識してできるようにします。
そしてまた無意識に返す。
この一連の流れを繰り返しすることが、30代から始まる凡人のリベンジマッチだと思います。

爽快感を多くの人が取り戻せるように。
せっかく手にした人は手放さないように。

僕は再び取り戻しました。

『肴はとくにこだわらず』『武禅ライフでいこう!』を読んで、行動したおかげです。
サッカーの技術がわかったのは、『サッカーおでん』のおかげです。
技術習得が可能な脳みそと身体に戻れたのは、『肴はとくにこだわらず』のおかげです。

前回は青春が終わり、新たな人生がはじまる27歳のクロスロードで、勘を鍛え始めたことを紹介しました。

今回は30代へのパスポート申請と取得の方法です。


30代へのパスポートが貰えるかどうかは、20代で決まる。


 30代のパスポートとは、『自分自身の才能を発揮できる天職』へと向かうためのものです。
『自分自身の才能を発揮できる天職』とは何でしょうか?
それは『自分自身に手ごたえを感じること』
『自分自身に手ごたえを覚えること』を続けることです。
そうすると、遅かれ早かれ『自分の才能を発見する』ことになります。

このまま『才能を発揮し続けていくこと』を継続する。
その才能を発揮し続けて生きてゆく先に天職がある。
若しくは才能を発揮し続けて生きていくことが、天職である。


30代へのパスポートが貰えるかどうかは、20代で決まります。

【30代へのパスポート取得の方法】
(1)25歳前後の厄年で、独り立ちを模索すること。
(2)29歳までの生き様にかかってくる。


僕は偶然『30代へのパスポート』を手にしていました。

それは無意識のうちにでした。

30代のパスポートとは、自分自身の才能を発揮できる天職へと向かうためのもの。


自分自身の才能を発揮できる天職とは何か?

自分自身に手ごたえを感じること、自分自身に手ごたえを覚えることを続けること。
そうすると、遅かれ早かれ自分の才能を発見する。

そのまま才能を発揮し続けていくことを継続する。

自分の才能を発揮し続けて生きてゆく先に天職がある。
若しくは才能を発揮し続けて生きていくことが、天職である。


30代のパスポートの最終目的地は、天職。

30代のパスポートのパスできるものは、凡人と達人(天才)の間にある才能の壁。

30代のパスポートは、手ごたえを感じ、才能を発見する旅への招待状。

 

矢印マーク  参照:肴はとくにこだわらず

【坐禅作法14】坐禅の効果
【坐禅作法15】35歳自立説

【坐禅作法16】芸術的才能

林KAZの人生を変えたバイブル。
勇気を出して実践あるのみ!         


 では、どうすれば30代へのパスポートが手に入るのでしょうか?

【1】25歳の厄年前後で“独り立ち”を模索した人に“30代へのパスポート”は与えられる。

【2】30代へのパスポート”を手に入れられるかどうかは、
  あくまでも、29歳までの自身の生き様にかかっている。



矢印マーク  参照:肴はとくにこだわらず

【坐禅作法17】大器になる人の三十路の歩き方

【坐禅作法18】詳説ぷっつん体験

林KAZの人生を変えたバイブル。
勇気を出して実践あるのみ!         



30代へのパスポート取得の方法

(1)25歳前後の厄年で、独り立ちを模索すること。
(2)29歳までの生き様にかかってくる。



誰にでも多少の記憶違いはあります。多少の時期のズレもゆるされると思います。
僕の30代へのパスポート取得条件の解釈は以下のようになります。

23歳半年~30歳になるまでに、独り立ちを模索すること。
20代をしっかりと生き抜くこと。



「僕は30代へのパスポートは持っている」と言い聞かせた。



そうすれば、30代へのパスポートは気付けば手元にある。


36歳の僕が、自分が『30代のパスポートを持っているか』見分けたポイントは簡単です。


『とにかく30代になってからが、本当にツラかったから』です。


だから僕は30代のパスポートを持っていると思いました。

『肴はとくにこだわらず』を読み始めたのが36歳になる前の頃、僕は心随観を知りませんでした。
記憶力は悪かったし、思い出も自分に都合よくしていたハズだから、きちんと過去を振り返られる状態ではありませんでした。

30代に入ってから本当にツラくてキツイ状況でした。
だから僕は、絶対に30代のパスポートを持っていると信じたかった。
だから信じました。

「僕は30代へのパスポートは持っている」 と言い聞かせました。


後々僕は心随観を実践し始めました。
それから少しづつ、あたまの状態がよくなったんだと思います。


―30代がツラい奴は、多分パスポートを持っている。―
そう信じて行動することが大事である。




矢印マーク  参照:肴はとくにこだわらず

【坐禅作法29】雲水のための心随観講座

心随観はこうするのだ!

林KAZの人生を変えたバイブル。
勇気を出して実践あるのみ!         



25歳の厄年に至るまでの、僕はどうだったのか?



僕は9歳のクロスポイントで見事にコケました。
そこからはコケた傷跡を隠しながらの人生になりました。

爽快感を感じられない僕は、代わりの理由を並べては色々な物事に取り組みました。

『また爽快感が感じられるようになりたい』

そう願いながら、代わりの物事に手を出していきました。
洞察力の欠けた僕の人生は散々でした。


 小学3年~5年初夏の頃、サッカーボールを蹴ることで、僕は足で手応えを感じていました。
ボールの中心をしっかりと捉えることができて、さらに身体の中心を鍛えることができました。
サッカーの上手さからも自信がありました。
この自信と身体の中心を鍛える術(すべ)をもって、中学・高校と進むことができたら、きっと人生は違っていたと思います。
もしも小学五年生の少年サッカーで、キックのフォーム修正がうまくできていたら、リア充な青春を送れたのかもしれません。
しかし現実はそう行きませんでした。



この世の中に、都合のいい偶然は起こりません。

すべては必然です。

ただ単に物事を洞察する眼がない場合、すべてが偶然に見えます。


 僕は3歳・4歳の頃、友だちに意地悪をされた時、単に「やめて」と言えませんでした。
いつの間にか強い・弱いが言う・言わないの判断基準になっていました。
ただ単に「やめて」と言うだけの少しの勇気が出なかった。
この意気地無しの部分がある限り、残念ながら僕には洞察する眼が宿りませんでした。


 洞察する眼がない盲目の状態でも、たまたま僕はサッカーボールの中心を蹴ることができました。
しかし僕の蹴りはトーキック。インフロント・インステップキックへのフォーム修正に着手して失敗。
あれから今まで、僕はボールを蹴って中心が鍛えられる爽快感を忘れることができませんでした。
単純にこの爽快感こそが、今まで僕が人生の暗闇をさ迷うように求めていたものでした。

9歳のクロスポイントでコケた僕の、転落していく様(さま)は無様なものでした。

中学1年生


サッカーを断念。持久力を活かすために陸上部に入部する。

中学2年生



 陸上部顧問の指導を自分なりに忠実に実行する。
しかし結果が伴わず、その指導に疑問を感じる。
3月、職員室で泣きながら「もう限界です」と顧問に訴える。
陸上部を退部。

屋外は天候が荒れるとつらい。屋内のスポーツがいい。できれば次は楽しく和気あいあいしたい。
そうした理由から卓球部に入部。

中学3年生


 中学二年の終わりから、疲れが取れなくなる。
たまたま皮膚科に行き、検査の結果、重い病気と判明し即入院。
『一生付き合う病気になるかもしれない。退院までは早くて3ヶ月かかる。』と医者に言われる。
生活態度を改めて2ヶ月半で退院する。

病気は完治。

高校一年生


 地元ではなく隣町の高校へ通う。
見栄を張って、少し偏差値の高い高校へ入学する。
サッカー好きの子と友だちになる。
『一緒にサッカーをしないか』と誘われる。
しかし小学生の時のトラウマから、それを断り卓球部に入部する。

高校二年生


都会の洗礼された転校生と仲良くなる。
女の子と話せない僕のために、レッスンをしてくれる。
プロボクサーに憧れる。母親に強く反対され断念する。

高校三年生


初夏、総体前に退部する。
理由は卓球部顧問の交代。
和気あいあいの卓球部を、新しい顧問はストイックで、勝つ卓球を目指し出す。
高校近隣の中学校には卓球部がない。そのため数人しか居ない部員の同学年で、僕が一番強い状況。
実際卓球は強い人間が沢山いる中で練習するから強くなるスポーツ。ちなみに隣の私立高校の卓球部は全国レベル。本気で卓球をしたい人間はそちらへ行く。
立地的・人材的にもモチベーション的にも無理がある。何より僕は和気あいあいの卓球部が好きだった。
マラソン大会前に実際のコースを走り込むような粋な部だった。
僕は顧問と強くぶつかった。
職員室で顧問と口論になる。
『辞めろ!』と言われたが退部届けは書かなかった。

もう卓球場に行くことは無かった。

ボクシング部のある大学を目指すが、勉強できずに断念。
ボクシング部のない地方の大学に入学する。

大学一年生


 真面目に勉強する。単位もしっかりと取る。
仲良くなった奴らとゴルフサークルに入る。

ガソリンスタンドで人生初のアルバイトをする。
ミスをして店長に物凄く叱られる。
ミスは続き、店長は怒り狂い、回りのアルバイトからもイジメられ出す。
危険を察知し、すぐに辞める。

大学二年生


 仲のいいツレがバイクサークルに入ろうと誘ってくる。
ゴルフサークルを辞めて、バイクサークルに入り直す。

この頃、狂ったように司馬遼太郎の小説を読み漁る。

大学を辞めて、イラスト関係で飯を食いたいと考える。
両親に反対され『卒業後ならいい』と了承を得る。
勉強はあまり身が入らず単位はほとんど取れなかった。
はじめて彼女ができる。しかし半年ほどで別れる。

大学三年生


 心を入れ替えて勉強する。
単位も無事取得。留年の危機は脱出する。

バイクのレースに参加してみる。
この道は自分には関係ないとさとる。
やはり強くなりたいと思い、ボクシングジム・武道関係の道場を探すものの、うまく見付からず断念。

大学四年生


 ピザ屋でアルバイトをする。
ガソリンスタンドみたいにミスをするが、一生懸命仕事をする。
今度は打って変わって店長に認められる。

店長と仲良くなり、僕の下宿で酒を飲んだりゲームをしたりする。
その時、店のまわし方・人の育て方・使い方・お届け時間の計算のコツ等、店長の理論を教わる。
思った以上に、この酒での話が人生の宝物となる。

卒業論文に悪戦苦闘する。
三国志時代の法律について調べて論文を書く。
内容・出来映えは大したことはないが、個人的には非常に充実していて、後々よい思い出となる。

無事卒業する。
就職はせず、イラスト関係の専門学校へ進学する。

専門時代


 やりたいことができて楽しかった。彼女もできた。
親友がピザ屋を始め、アルバイトで手伝う。
親友は頑張ってはいるが、大学時代のピザ屋の店長の理論と比べると、何もない雑な仕事だと感じる。
親友にピザ屋の店長の理論を教えるも、全く聞く耳を持たない。
親友は仕事に疲れていた。
しかし休まずに、時間がもったいないと言って遊び回る。
そしてまもなく彼女ができ、店に呼び寄せ、店のなかでイチャツキ出す始末。
僕は店を辞める。

 コンビニで働き出す。
作品を作るため、極力出勤日を抑える。

たまたま描いた漫画で、賞は取れなかったが担当が付く。
『格闘漫画を書くために』『黒帯を取得するために』と理由をつけて、ようやく念願の武道を習い始める。

卒業後(24歳~)


 藤子不二雄先生のように、二人で漫画を描く。
しかし、特に描きたい内容が無いことに気が付く。
どんなに漫画を描くことが忙しくても、武道の稽古を休まずに参加する。
一緒に頑張って来た相方に、『一体何がしたいの?本当に漫画が描きたいの?』と言われて、『ドキッ!』とする。

漫画やイラストで飯を食う道を諦め始める。

武道修行を中心にする(25歳~26歳)


 単に武道修行を続けられる生活環境を模索し始める。
昔の武士とは、現代では警察官ではないか?と短絡的に考える。
警察官の試験を受けるも失敗する。

暗中模索のど真ん中、警察試験を受け続ける(26歳~)


 コンビニの仕事意外に、ごみ収集車の仕事をする。
総合格闘技みたいな道場長の本業の仕事を手伝う。
総合格闘技みたいな道場長に「君は何がしたいんだ?」とたずねられる。
『武道修行をしながら、出来ればそれを活かした仕事がしたい。今は漠然と警察官を考えている』旨を話す。
「KAZくんは人生をナメているよ。人生はそんなもんじゃない。」と言われる。
『僕は、人生をナメている気は無かった。だけど、そう見えるってことは、そう言うことなのかもしれない。』と考えるようになる。

自分は『こうしたい!こうなりたい!』みたいな駄々っ子ばかり続けて来たな。それは一旦やめてみよう。なるようにしか、ならないのかもしれない。一度ワガママを言わずに、仕事の話が来
たら、もうそれに決めてみよう。それで武道修行ができなかったら、それはやっぱり道場長の言う通り、僕が人生をナメてたツケが回って来たってことだ。甘んじて受け入れよう。と漠然と考えるようになる。

そして・・・


警察官の採用試験には受からなかった。
紆余曲折しながら、今の仕事に就いた。
希望した仕事では無かったが、なぜか妥協した感覚ではなかった。


『30代へのパスポートは25歳の時一人立ちを模索した人に30代のパスポートは与えられる。』



 日記をつけていたわけではありません。
うる覚えかもしれません。
それでもこの内容を読めば、コケた傷跡を隠しながらの人生は、見事なまでに迷走していることがわかります。

半生を振り返ってみました。

本当にひどい。

しかし、そのなかで30代へのパスポート取得の方法 【(1)25歳前後の厄年で、独り立ちを模索すること。】を、クリアしていました。

もしまだ20代で爽快感を感じない方は、ぜひとも独り立ちを模索して下さい。



矢印マーク  参照:肴はとくにこだわらず

【座禅作法17】大器になる人の三十路の歩き方

林KAZの人生を変えたバイブル。
勇気を出して実践あるのみ!         

 

 30代のパスポートを持っていれば、いつの間にか才能を発見して発揮できるようになったり、その流れで天職にまで導いてくれる、最高のパスポートみたいに思うかもしれません。
しかし、決してそのような都合のいいものではありません。

先に注意喚起します。
長い期間、キツくてしんどい目に合います。
人間不振にもなります。
その中から『何かを得るには、何かを捨てること・手放すことをしろ』と見えない力が働いて、それをやれと要求してきます。
また、普通ひとは色々なことに気をつかって生きています。
その気をつかうことをやめる試練が来ます。
それを初めて実行するときが本当にキツくて苦しかった。


 何事もそうですが、初めてやることは上手くいくかどうかわかりません。
失敗を恐れたり、テンパったり、他人に嫌われるんじゃないか?と不安になったりします。
その不安に襲われた気持ちや反応は、自分の中の何処から来たのかを見に行かなくてはいけません。
この自分の中を覗き込む作業が心随観です。
僕は心随観を以下のように考えて実行しています。
もしかしたらポイントがズレているかもしれません。
間違っているかもしれません。それでも僕にはこの方法でそれなりに成果がありました。
ぜひ参考にしてください。
合わなかった場合は自分なりに、やりやすいように研究してみてください。



不安や怒りなど、感情が振れる出来事に出会ったとき、なぜそのような気持ちになったのか?反応が起きたのか見極めるために、自分の過去を振り返ります。


思い出したくなくて『うっ!』っと身体に力みが生じます。
息が止まります。
その瞬間、他人のせいにして見なかったことにしたくなります。

いつもどおり素通りを決め込もうとしたくなります。


それを一旦やめて、あきらめて思い出します。

しかし、どうしても納得がいかない。
自分は他人のせいだと確信している。
状況が悪かったから、しょうがないとあきらめている。
こういう場合はどうしても、これ以上過去を振り返れません。
こういう時、これより先に進むために、二つのうちどちらかを選んで過去の自分と向き合います。


『懺悔する』『感謝する』かです。


どうしても、どう考えても「アイツが悪いから、俺じゃないよ。理不尽だ!」と思って息が止まった時です。
すかさず僕は『懺悔する』を選びます。
とにかくあやまってみます。


「君が理不尽なことを言うところまで、追い詰めてごめんよ。」
「僕も同じように追い詰められたら、悪あがきしたかもしれない。」
「でも、僕はそう言う理不尽なこと・悪あがきはやめたんだ。むかし、おじいちゃんに叱られて改心したんだよ。」
「君はまだできていないんだね。初めては怖いよね。」

ここで改心できていないアイツを攻撃したくないます。
「だからダメなんだよ!」って言いたくなります。
そこを我慢して、さらに『懺悔する』でたたみ掛けます。

「追い詰めて、更には改心まで強要されたら確かにウザいし腹も立つよね?僕がどうやら無神経過ぎたのかもしれない。ごめんよ。」

ここまで来れたらもう一息です。
自分の身体から「うっ!」と言う力みが取れるまで、「追い詰めて、更には改心まで強要されたら、確かにウザいし腹も立つよ。僕がどうやら無神経過ぎたのかもしれない。ごめんよ。」の下りを心の中でくり返し言います。


そして身体の力みが取れたなら、ここで仕上げに真逆の『感謝する』を選びます。

「久しぶりにおじいちゃんとの思い出を振り返れてよかったよ。ありがとう。」
「僕も知らず知らず人に強要する悪いところが確認できてよかったよ。ありがとう。」

身体の力みが完全に抜けて少し心があったかくなるまで、『感謝する』を続けます。

これが僕の心随観の一番よく使う鉄板の型です。
過去に同じような状況・場面・出来事があります。
そこまで必ず振り返るようにします。



矢印マーク  参照:肴はとくにこだわらず

【坐禅作法27】禅的三密観
【坐禅作法28】禅の公案とは何か?

【坐禅作法29】雲水のための心随観講座

【坐禅作法32】禅の認知療法的アプローチ

【坐禅作法36】懺悔の本質

【坐禅作法38】声聞道実践

【坐禅作法88】無意識の壁

林KAZの人生を変えたバイブル。
勇気を出して実践あるのみ!         


今回のシミレーションは、相手が理不尽な時を想定しました。
逆に自分に非があったり自分が理不尽な場合は、無意識の自分は、かなり強く過去を振り返らないようにしています。
若しくは自然な感じで無意識に、素通りしようとします。
ここは細心の注意をしてください。
『自分で自分を注意してください』と言うのも可笑しな感じですが、
本当に自分事なのに、上手に気付かさず、スッとすり抜けていきます。

『感謝する』から入って『懺悔する』パターンもあります。
『懺悔する』だけでも『感謝する』だけでもいいと思います。
そこは個人の好みの部分だと思います。
自分に合った形を見つけてください。
大事なことは、過去のトラウマと対峙することです。


懺悔もしない、感謝もしないで素通りするのが一番NGです。
素通りすれば負のループにハマります。
同じような場面・シチュエーション・試練・ミッションが永遠にやって来ます。
だからこそ、無意識で勝手に素通りしようとする自分に注意してください。


30代のパスポートは、スリル満点の計画された旅です。

試練をクリアして自分のものにすれば、次のミッションへ移行します。
この試練を次々にクリアし続けたとき、どこかで初めて微弱な手ごたえを感じます。
最初は地味でわかりづらいものです。
失敗・試行錯誤・恐怖・疑心暗鬼・葛藤などが多過ぎて、また試練をクリアした安堵感が強過ぎて、なかなか手ごたえにまで、神経が回らないからです。

とにかく最初が肝心です。


たまたま僕の30代のパスポートに、挟まっていたメモを紹介します。

絶対に逃げないこと。
真っ向勝負すること。
自分の美学を信じること。
必ず自分を信じること。
他人をあてにしないこと。
そして、真っ直ぐに生きること。



ぜひこのメモは、パスポートに挟んでおいてください。


 『30代のパスポートで旅に出るのが怖くなった。やめようかな?』って思った方がいるかもしれません。
しかしそれは爽快感のない人生を、だらだらと続けることを意味します。
本当にそれでいいのでしょうか?
できることなら考え直して下さい。
自分を信じて、真っ向勝負を挑んで下さい。


 また、30代のパスポート取得の条件をみたしてしまった場合、本人が望まなくても必ずパスポートは握りしめています。
この30代のパスポートは捨てたり手放したりすることができません。
旅は強制参加です。
20代で一人立ちを模索した方は、覚悟を決めて下さい。


30代に入ってツラい方は、思い出してみて下さい。
20代で、25歳ぐらいの頃に一人だちを模索していませんか?

思い出せなくても大丈夫です。
30代がツラかったなら、パスポートは握りしめています。
そして試練が、ミッションが始まっています。
さあ、爽快感を取り戻すために覚悟を決めて自分を信じて真っ向勝負です。


僕の回りに32歳になってから、試練がスタートしている方を何人か見ます。
ただ、僕の持っているメモみたいな行動ができていません。
最初のミッションに挑戦する以前のところで、躓く(つまずく)ループにハマっています。


ぜひ、スリル満点の計画された旅に、腹をくくって参加してください。



 そうこうしていると、30代の終わり頃から爽快感を感じながら、手ごたえを覚え出します。
今僕がこの辺りです。
あなたも自分の才能を見付け出すことに、喜びを感じてみませんか?


さあ、旅に出ましょう。


30代のパスポートを忘れずに。



(2017.6.12)(2017.11改訂)(2018.11.24改訂)

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