武禅修行へGO!

武禅修行へGO!

1.達人への切符。 Presented by

27歳のクロスロード


何も教えない優しさ


 午前06時02分。地元行きの電車がホームに入って来た。出発時間は06時18分。まだ時間がある。 売店でチョコレートを買おうと思い立ち、レジのおばちゃんに4つチョコを渡す。

「4万3200円です。」

言ってるおばちゃんが笑い出す。駅の売店で一つ1万円のチョコレートは、さすがにない。おばちゃんはレジの登録内容を調べた。

僕は値札を調べた。

 一つ258円だった。

「どうしてそうなったんでしょう?」

おばちゃんが不思議そうに言った。なぜか僕は電車に乗る前に、この間違いを訂正出来たことに、少し達成感を感じていた。



 夢だった。 目が覚めたのは5月29日、午前01時53分だった。


 先日、道場の先輩から、「古武術でスポーツを上達させるDVD」をいただきました。このDVDは、10年ぐらい前に観たことがありました。武道の技やサッカーで使えたらいいなと、DVDを見ながら練習したのを思い出しました。

当時の効果は少ししかなく、毛が生えた程度でした。久々に観てやってみたところ、簡単に出来ました。こう言った本やDVDで、出来るようになる人は余りいないと思います。出来る人が観たら出来るDVDです。

いい歳の大人が『技を増やす発想』では、出来るようになりません。

『技を増やす発想』は商売だと思います。古武術とスポーツを分けたり、混ぜたりする発想は、思考が混乱します。いい歳の大人が出来るようになるためには、減らす発想を実行することです。

多分セミナーで直接習ったりしたら、その場では物凄く出来るようになると思います。そして、その効果は永遠に享受できる・・・とは行かず、時間経過とともに、徐々に出来なくなって行きます。コツを忘れたのかな?感覚を忘れたのかな?もう一度習えば、次こそは覚えられるはず。そうだ、またセミナーに行こう。こうしてループにハマる。これが一般的な商売ではないでしょうか。

『技を増やす発想』の本やDVDを観ても、なぜ出来るようになったかは、ほとんど説明されていません。一番肝心なところはボカシておいて、旨味の部分を前面に押し出す手法です。著者やセミナー主催者には悪気はないし、今の社会ではこれが普通です。他人のコツは、他人のものです。借り物のコツは、結局自分から手放します。だからいつの間にか忘れています。

絶対に忘れないためには『コツさえわかれば出来る考え』を、まずは捨ててしまいましょう。

この手のDVDは、コツについて一生懸命説明されています。一生懸命説明すればするほど、説明を受けた人間は出来るようにならず、出来の悪い人間になってしまいます。

達人と一般人には、見えない壁があります。この壁は、言葉では埋まりません。見えない壁は、体験や経験で得た心境の変化、そしてそれにともなった行動でしか、こえることが出来ないのです。

技の説明はあえてしない。悩む姿を静かに見守る。そして技はシッカリと掛ける。これは達人になった者が、一般人を達人へ変貌するための切符を渡す行為です。

ほとんどの人がこの『達人への切符』を受け取ることが出来ません。正確には、本人が受け取ろうとしません。

達人は、体験・経験・心境の変化の結果、今の自分が、どのような経緯で達人になったかを知っています。だから同じように、そのような経緯・機会が訪れるのを、じっと待ってくれていてます。

しかし一般人の時は、この『なにも教えない優しさ』が分らないのです。



【覚えて忘れる稽古】


植芝先生の教え方は、現在の指導法とずいぶん違っていました。


 その日稽古する技を、まず先生がやってみせるのですが、ただ手元の動きを見せてくれるだけで、言葉による説明はまったくないのです。
何をどうやれというふうには、けっして教えてくれません。
 私たちは見様見真似でその技に取り組むのですが、どんな格好でやっていても、先生は横で「ああ、けっこうや、けっこうや」と言うだけです。
何がけっこうなのか自分では、わかりませんから、とっても困りました。
 不親切といえば不親切な教え方ですが、もともと先生は、武道とはそういうものだと考えていらしたようです。

参照: 塩田剛三著『合気道修行ー対すれば相合すー』P165.-P166「覚えて忘れる稽古」
矢印マーク  塩田剛三著『合気道修行ー対すれば相合すー』

さり気ないくヒントが 
書かれた名著。
合気道の極意は、
さり気なく伝達され
るされるもの?

 植芝先生のなにも教えないエピソードです。本当に何も教えてくれないので、教わる方は不親切だと感じるでしょう。塩田先生も『何がけっこうなのか自分では、わかりませんから、とっても困りました。』と仰っています。


しかし不親切な指導の結果、塩田剛三は植芝先生の元で、一般人から武道の達人へと変貌します。


なぜ塩田剛三は達人に変貌出来たのか?それは塩田剛三が『何がけっこうなのか自分では、わからない』と言うことが、ハッキリとわかったからです。そしてこの『何か』がわかるようになったとき、一歩一歩、達人への階段をキッチリと昇っています。


そしていつの間にか「はっ!」と気が付いたとき、一般人から達人への壁を越えているのです。


なぜ、なにも教えない指導方法が、達人を生むのでしょうか?


別の人物のエピソードを紹介します。


―身体で悟る。生涯無敗と謳われた「国井善弥」―

 血色のよい童顔に、鶴のような身体。

ジロリと睨まれただけで、身が竦むような威厳。

齢80を超えていたとはいえ、新陰流の「佐々木正之進」の存在感は圧倒的であった。

「相当な変わり者」


茨城県下の山中に隠棲していた正之進には、そんな風評もあった。


そこへ弟子入りしてきた「国井善弥」19歳。

明治27年(1894)、福島県に生まれた善弥は、8歳のおりから祖父について、そして厳父に家伝である「鹿島神流」を学んできた武道一筋の男。

その彼が、佐々木正之進の秘剣を習得せんと、意気揚々、門を叩いたのであった。


◎意味不明の用

 入門した初日、善弥はいきなり肩透かしを喰ってしまう。

当然のように稽古を期待していたのだが、正之進にその気はまったくないようであった。

「何を持って来い。ついでに何もじゃ」

師・正之進は、弟子・善弥に、意味不明の用を命じる。

 はて…? 

「何」とはなんだ?

住み込んだばかりの善弥に、師匠の日常生活など皆目見当がつかない。

善弥が戸惑っていると、いきなりカミナリが落ちた。

「たわけ者! それぐらいのことがわからんで、真武の修行が積めるか!」

師・正之進は吠えるように、善弥を一喝したのだった。


◎カン

 「何を持って来い。ついでに何もじゃ」


翌朝、しなびた頬を伸ばしながら、師匠は同じ問いを繰り返した。

さて、どうしたものか?

まごまごしていると、またカミナリが落ちてしまう。

いささか捨て鉢になった善弥は、適当に「新聞とメガネ」を師匠に持っていった。

善弥のカンは当たったのか、外れたのか?

とりあえず、この場は落着したようであった。

◎裸馬

 「何に行く。お前も一緒に連れて行くから、何に、何に、何を用意しておけ」

禅問答にもならぬ師匠の不可解な命令は続く。

もしや…、鮎釣りか?

直感のままに、善弥は「釣竿と釣りエサ、そして弁当」を用意した。

ほどなくやって来た師匠は、ギョロリと大きな眼をひんむいたが、その表情は満足気にも見えた。

しかし、善弥が「よし!」と思った刹那、

「たわけ者! 何はどうした?」との一喝が飛んできた。

わけが分からない。

だが、返答を躊躇すれば、また吠えられる。

「はい! 用意してあります」と善弥。

完全に口からデマカセである。

たまたま馬のいななきを聞いた善弥は、馬を用意した。

だが、身支度を終えた師匠がさっさと姿を現してしまったために、「鞍」を置く余裕がなかった。

とっさに言い訳をする善弥、「先生、本日は新陰流の馬術、裸乗りの極意をご教示ください」。

冷や汗をかきながらも、鞍がないのをごまかした。

ニヤリと師匠・正之進。

善弥も少しずつ、要領を得始めていた。

矢印マーク  参照:英孝塾 身体で悟る。生涯無敗と謳われた「国井善弥」

ただの禅問答と思うなかれ。 
これこそ武道修行の秘伝の妙。
「答えを教えて下さい」なんて
言っちゃダメよ。

 武道・武術の達人と呼ばれる人たちは、なにも教わらない指導法を経験しています。
なにも教わらない指導法を受ければ、誰でも達人になれるという訳ではありません。
達人になるための切符が何なのか?
この国井善弥のエピソードには、しっかりと記述されています。



達人への切符。それは『勘』。


矢印マーク 

勘:本質的な理解または能力 
そうであるかもしれないという印象
本能的に知る(合理的な方法を使用せずに)
物事の本質を直観的につかむこと
理屈ではなく感覚で物事を判断すること


 勘を鍛えること。勘が圧倒的にあること。それが達人の条件です。

『何がけっこうなのか自分では、わかりませんから、とっても困りました。』

内弟子時代の塩田先生は困ったあと、どうされたでしょうか?塩田先生と同じことをすれば、
もしかしたら、『達人への切符』が手元に来るのではないでしょうか。

―師の気持ちを察する。―

 内弟子になると、常に行住座臥、先生と一緒に暮らし、身の周りの世話をすることになります。  
何の修行でもそうですが、昔は丁稚奉公と同じです。師匠には文句などいっさい言わず、ただ黙々と言われたとおりのことをやるだけです。  
先生に意見するなんてもっての外です。「こうしたほうがいいんじゃないですか」なんて言おうものなら、すぐさま雷が落ちました。  
今の人には理不尽だと思えるかもしれませんが、ひとつの道を極めようとするなら、やはりこういう修行が必要だと思います。  
なぜなら、技の形や手順をいくら覚えたとしても、それが武術として生きてくるかというと、そうはならないからです。特に合気道の場合、合気というものを身につけるには、ただスポーツ的な稽古をくり返しているだけでは、間に合いません。  
そういう部分を磨くには、絶対服従の中で師とともに寝起きをともにすることが、何よりも確実な修行となるわけです。  といっても、ただいっしょに暮らすだけでは何も得られません。大切なのは先生の世話をする中において、常に先生の気持ちの先、先を読んでいくことです。つまり、気を察知できるように努めるのです。  
たとえば、風呂に入って先生の背中を流すとき、次に先生が何をしてほしいのか、先に察知して言われる前にお世話したのもそのひとつです。  
先生の動きを常に見ている、そして先生の気持ちの動きを感じ取るのです。  
難しいのはここです。見てから頭で考えて行動を起こしたのでは、もう遅い。考えてはいけないのです。先生の気持ちがピピピッと即座に心に響いてくるようでなくてはなりません。  
それが自然ということです。考えるのではなく、自然に感じるわけです。 こういったことを、常に心掛けていました。そして、相手の気を察知する感覚を身につけたのです。


参照:塩田剛三著「合気道修行ー対すれば相合すー」P182-P184ー師の気持ちを察知するー
矢印マーク  塩田剛三著『合気道修行ー対すれば相合すー』

さり気ないくヒントが 
書かれた名著。
合気道の極意は、
さり気なく伝達され
るされるもの?


 塩田先生は修行とは何かハッキリと説明されています。

丁稚奉公と同じです

今の人には理不尽だと思えるかもしれませんが、ひとつの道を極めようとするなら、やはりこういう修行が必要だと思います

それはもう以心伝心です。これができないと自然に体が動かないのです。こういうことを私は研究していました


塩田先生は
植芝先生が、説明をしない教え方をされるので、とにかく勘を鍛えることを研究した

と言われています。

例えば、、、

 ある人が武道の技が物凄く出来る、すばらしい技術が使える武道家だとします。

しかし、これらの技・技術は自得したものではなかった。
先生が物凄く教え上手で、手取り足取り指導した賜物であった。


この場合、この人は達人だと言えるのでしょうか?
多分言えません。それよりも、誰も認めないでしょう。

教授システムが確立されているだけの結果だと、誰もが分るからです。
この人は、教授システムの恩恵で技が出来るだけです。
勘が鍛えられていない場合、たぶん日常の立ち振る舞い、人との接し方に何か問題がでます。
少し嫌味な部分が出たり、いやらしいところが見え隠れします。

例えば、技を掛けてドヤ顔になったり、ニヤニヤ喜んだりと言ったところです。

技が物凄く出来るのに、人気のない自称達人は、こうして出来上がるのではないでしょうか。


もし「技が物凄く出来るのに、確かに人気がないな」と、気付かれた武道・武術家の方は、もう一度この『勘を鍛えること』を見直してはいかがでしょう?

ジャンルは何でもよいと思います。塩田先生の言う通り、『丁稚奉公ができるところ』に身を投じてはどうでしょうか?

歳を取ってから、何かアルバイトをしてみるのも良いと思います。
そのほうがプライドがあった場合、傷付きます。若者に馬鹿にされているように感じたりします。
こんな簡単なことが、できないのか・・・と落ち込むことも、たくさんあります。
しかし、そういう丁稚奉公をして、人の痛みを身を持って知りながら勘を鍛えることが、本物の達人にしてくれるのではないでしょうか。


人気があることが全てではありません。
この説も一概に絶対ではありません。
しかし、『技が物凄く出来るのに、人気のない自称達人』の動画は観ていて、あまり気分が良いものではありません。
その理由として、お弟子さんが楽しそうでないからです。
なんかムッとしておられたり、心のわだかまりみたいなものが、垣間見れるからです。
もし心当たりのあるお弟子さん・生徒さんは、師匠・先生を代えるか、自分の心を入れ替えるかしてみてください。
多分よくなります。もし、師匠・先生をやられている方は、何も考えず、何も思わずに技を掛けるようにしてみてください。
お弟子さんのリアクションがある状態から、普通になると思います。


この『普通になる』というのは、『特に不必要なリアクションを取らなくなる』と言うことです。
この弟子さん・生徒さんが技を掛けられて、『特に不必要なリアクションをとらない状態』が、出来る師匠の証みたいなものです。
先生が喜びそうなリアクションをとろうとするお弟子さん・生徒さんもいます。
相手に気を使わせてはいけません。
お弟子さん・生徒さんが無意識に考えて『先生が喜びそうなリアクションをする』行動をしていれば、それは接待ゴルフと同じです。
お金(月謝・セミナー代)をもらって接待を受ける、わけのわからない状態に、なってしまいます。


技・技術が素晴らしいのですから、単純に技・技術を味わせることが、いいのではないでしょうか。
料理で勝負!素材で勝負!みたいな感覚です。


勝手に特別なほどわかりやすいリアクションを取る人がいます。
そういう人も、淡々と技を掛けていれば、普通に戻ります。
リアクションをとっても、相手が喜んでくれなかったら、やる意味がなくなるからです。
このリアクションをとらなくていい状態、気を使わない状態に戻れれば、その方は仕事でどんなに疲れていても、道場に来てくれると思います。
礼儀作法はしっかりと守りつつ、素の自分で居ていい場所。
そして自分を高められる場所が道場となります。
その人にとって、本当の自分に出会える場所が道場となるからです。


仕事で気を使い、へとへとになった人が、道場に来てまで接待をしたいとは思いません。
道場に来てまで、人に媚びを売るようなことは、したくないでしょう。体力的にきつい格闘技系の道場では、仕事が忙しくて来れないことは、まあ、あると思います。
しかしそうでない場合、「最近仕事が忙しいから・・・」そう言って道場から足が遠のいた方がいれば、そうかもしれません。
「これ以上気をつかうのは、疲れているから無理なんです。」そういうことかもしれません。


話が少し脱線してしまいました。
道場だけではなく社会生活・職場などで、素質がいいのに、もう一つ伸びない奴。
『こうしろよ。』と言っても返事はするが、内容がない。
とりあえずやるだけの奴。
やりもしない返事だけの奴。
まわりの顔色をうかがいながら、リアクションを取るのに一所懸命な奴。

これは一体どういうことだ?


単純に、勘が悪い。

勘が働かない。

勘が無い。

元も子もない話ですが、そういうことです。


一般人でも、こういう話をするのですから、技や技術を持った人間なら、なおのこと勘が大事になります。


圧倒的な勘を持った人物が達人である。 武道だけではない。ジャンルは問わない。

 27歳の時、僕は転職しました。
新しい職場で何をしていいのかわからず、途方に暮れていました。
聞く雰囲気でもない。
教えてくれる様子もない。
時間だけが経っていく。
この転職は、やはり気の間違いだったのだろうか?

そんな感じで物思いにふけっていた時、フッと塩田剛三先生著『合気道修行』の植芝先生のお世話をする話、『お風呂で背中を流す』エピソードを思い出しました。


大切なのは先生の世話をする中において、常に先生の気持ちの先、先を読んでいくことです。
つまり、気を察知できるように努めるのです。  
たとえば、風呂に入って先生の背中を流すとき、次に先生が何をしてほしいのか、先に察知して言われる前にお世話したのもそのひとつです。  
先生の動きを常に見ている、そして先生の気持ちの動きを感じ取るのです。
 
難しいのはここです。見てから頭で考えて行動を起こしたのでは、もう遅い。
考えてはいけないのです。
先生の気持ちがピピピッと即座に心に響いてくるようでなくてはなりません。  
それが自然ということです。考えるのではなく、自然に感じるわけです。
こういったことを、常に心掛けていました。そして、相手の気を察知する感覚を身につけたのです。


新しい仕事・新しい職場、心機一転だ!そうだ、このエピソードの内容を職場の上司で実践しよう


僕は、やることがないなら、自分でコンセプトをもって行動しようと思いつきました。
上司と言っても全員相手だと大変です。
一人に絞り込もうと決めました。
無難に一番身近な上司である係長に決めました。
たまたまこの係長は、無口でシャイ・性格は温和でやさしい嫌味のない人柄の人物でした。


そのおかげで、この『気持ちを察知する鍛錬』『勘を鍛える修行』は非常にやりがいがありました。
この修行は約五年間ほど実践しました。
最初の半年ぐらいで、大体の要領は掴めます。

あとは自分が『やるか、やらないか』です。
このとき、「何で僕がこの人のために、ここまでやらなきゃいけないんだ?」とか「こんなことに、意味があるのか?」とか考えてはいけません。

やると決めたからには、絶対にやる


当時の僕は、このコンセプトに沿って行動しました。
結構極端な行動です。
しかしこの行動の結果、僕は係長と間で厚い信頼関係を築けました。
ほかの人の言うことは、適当に聞き流していたと思います。
しかし、係長が言うと絶対に実行しましたので、係長との厚い信頼関係と『こいつは係長の言うことは絶対にやるんだ』と言う認識から、ほかの人たちからも、信頼されるようになりました。仕事も早くに覚えることができました。
職場でよく言われた『年齢を喰った新人は使えないジンクス』を覆すことができました。
そしてなにより、職場が楽しくなりました。


これが、この『気持ちを察知する鍛錬』が、僕の人生の重大な転機の予兆でした。
僕は勝手に塩田先生の真似をして、内弟子修行を開始しました。

これが僕の27歳のクロスロードです。

参照:肴はとくにこだわらず 閑雲野鶴 【第九話】本当の幸せ教えてよ ~すべての29歳へ~


何も聞こえない 何も聞かせてくれない
僕の身体が昔より 大人になったからなのか
本当の幸せ教えてよ 壊れかけのRadio


矢印マーク  壊れかけのRadio Single 徳永英明

HIDEAKI TOKUNAGA Official Site
徳永英明公式ブログ
気になる人は要チェック!


29歳は自分の仮面(ペルソナ)を脱いで自分自身と向きあい始めるとき。
理想の自分と本当の自分とのギャップを埋める旅立ちの時期である。
しかし闇雲に理想を求めてきたそれまでの方法論はまったく通用しない。

その29歳のタイミングで、この歌を生み出していたのだ。

『壊れかけのRadio』がヒットしていたのは、
ボクが高校生の頃だから意味はさっぱりわからなかったけれど、
今のボクにはわかる。これはすべての29歳への問いかけの歌なのだ。

昨年50代に入ってカバーではなくオリジナル楽曲のアルバムを
4年ぶりにリリースしたというのは“脂がのってきた”証拠だろう。

徳永英明の見つけた本当の幸せとは何だったのか?
そんな歌がこれから生まれるのかと思うと実に楽しみである。


―27歳の不思議。―

それで彼のことをウィキペディアで調べていたら奇妙な逸話を見つけた。
1988年3月10日、浅間神社で「風のエオリア」のヒット祈願を行い、そのまま同地から「ザ・ベストテン」に中継で生出演した際、 歌い終わった直後に突然倒れて救急車で搬送された。この出来事の後、高音が歌えるようになったという。
(ウィキペディアより)
計算すると、これは27歳頃のエピソードのようだ。


そういえば宇多田ヒカルも同じ年頃に『人間活動』に専念するといって 活動を休止していたけれど、27歳には何か重大な転機の予兆があるのか? 勘の鈍かったボクには残念ながらそういうことはなかった。 凡人として生まれた悲しい運命というやつだな、これは。 なんだか、ちょっと悔しい。


矢印マーク  Fantôme 宇多田ヒカル

宇多田ヒカルのオフィシャルサイト
宇多田ヒカル (@utadahikaru) | Twitter
気になる人は要チェック!


矢印マーク  肴はとくにこだわらず


参照:閑雲野鶴
【第九話】本当の幸せ教えてよ
すべての29歳へ



この時僕は無意識で、ちょっとした思い付きから『達人への切符』を手にしました。 宇多田ヒカルさんが同じ年頃に『人間活動』に専念するといったもの、僕にとっての『人間活動』はこれだったのです。

『27歳には青春の終わりと人生のはじまりのクロスロードがある。』


きっと誰にでもあります。 歳を取った方は見当がすこし違うか、思い出せないだけだと思います。


僕の感覚では、宇多田ヒカルさんの人間活動とは、勘の再認識のことだと思います。
凡人の僕は、勘がなっかたので、勘を取り戻すことでした。

27歳のクロスロードとは、『勘を取り戻すために、行動したかどうか』ではないでしょうか。

別に27歳じゃなくても大丈夫です。聞く耳が有れば大丈夫。ロスタイムは結構あります。27歳より早い時期でも大丈夫です。

時期よりも『勘を取り戻すための行動をしたかどうか』が重要です。

若いひとは、かならず27歳のクロスロードが来ます。
かならず見つかります。

27歳なら今やろうと思ったことは、今必ずやってみましょう。
そこには、かならずクロスロードがあります。


―そこから本当の本物の、人生がはじまる。―


1個1万円のチョコレートは、暴利だと思います。258円ぐらいが丁度かな。

「チョコレートの値段の意味は何?」

僕はこう返します。

『野暮なことは聞かないで。勘を働かせて。』と・・・。
「僕は今、片道切符を持って、地元行きの電車に乗り込もうとしています。


 
さあ、ごいっしょに、地元行きの電車へ乗り込みませんか?」

(2017.6.3)(2017.11改訂)(2018.11.22改訂)

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