武禅修行へGO!

武禅修行へGO!

消しゴム。

 小学4年生の夏、父親がプロ野球観戦に連れて行ってくれました。僕は、サッカーが好きな少年でした。しかし滅多に僕と外出しない父親が、しかも平日の夜に、野球観戦に連れていってくれるとあって、本当に興奮したのを覚えています。

 夕方、父が早く仕事を切り上げて帰宅しました。僕は、車で球場に向かいました。本当にワクワクしました。球場で父がお小遣いをくれました。

「好きなもの買えよ。」と、1000円も。

当時の僕の月のお小遣いが500円だったので、破格でした。僕は友達にお土産を買おうと思い立ち、売店で品定めをしました。

チームのマスコットのかわいい消しゴムと、カッコいい消しゴムを買いました。

 翌日、お土産の消しゴムを持って学校に行きました。登校の時、かわいい消しゴムを、明るくてひょうきんな榎本くんに渡しました。「ありがとう!」榎本くんは喜んでくれました。

学校に着いて、しばらくしてからカッコいい消しゴムを、運動神経が良くて、クラスで人気者の棚橋くんに渡しました。「おおっ!サンキュー。」棚橋くんも喜んでくれました。

めでたしめでたし。・・・とはなりませんでした。

 昼休みに、榎本くんが僕のところに駆け寄って来て、

「棚橋くんの消しゴム、カッコいいね!ボク、あっちがいい!まだある?」と聞いてきました。

榎本くんと棚橋くんは、休み時間中、僕のお土産の消しゴムを自慢していました。その時お互いの消しゴムを見比べました。

榎本くんは、どうやら棚橋くんのカッコいい消しゴムが、うらやましくなったようです。

僕は「カッコいい消しゴム、もうないよ。」と答えました。

実は、カッコいい消しゴムは二個買っていて、もう一つは自分用に取ってありました。それを渡したくありませんでした。

僕は面倒臭いと、とっさに思いました。

回りくどくて、長くなる説明をやめにしました。

とっさに少しウソを付いてしまいました。

この場合、あの時正確に、正直に言うと、こうなります。

「榎本くんは、ひょうきんで明るいから、僕のイメージ通りのかわいい消しゴムをあげるって決めたんだ。もう一個カッコいい消しゴムあるけど、僕用なんだ。」です。

しかし実際は、「カッコいい消しゴム、もうないよ。棚橋くんに頼んでみて、交換してもらえば?」と言ってしまいました。

しばらくして棚橋くんが血相を変えて、こちらに来ました。

「おい!どう言うことだ!榎本の奴、お前が消しゴムを交換しろって言ったから、カッコいい方をよこせって来たぞ!なんだそりゃ?本当か!?」

僕はビックリしました。

何でそうなる?本当かよ?

「いや、そうは言ってないよ。榎本くんがカッコいい消しゴムの方がほしいって言うから、よかったら交換してもらえば?って言ったんだ。」

「本当か?!」

「・・・うん。」

こんな不毛なやり取りをしました。

滅多にない野球観戦で、せっかくお土産を買ったのに、三人の仲は少し悪くなりました。

 当時の僕は、榎本くんに非があると思っていました。

しかし本当は、僕が色んな間違いを複合して行っていました。そのため、今まで自分が悪かったこと、やらかしたことに気付きませんでした。

 僕がやらかしたところは、「榎本くんは、ひょうきんで明るいから、イメージ通りのかわいい消しゴムをあげるって決めたんだ。もう一個カッコいい消しゴムあるけど、僕用なんだ。」と言えなかったことです。

これは、『素直に自分の気持ちが語れなかった』と言うことです。

素直に自分の気持ちが語れなかったために、流されるように、ウソを付いてしまいました。

『流されるように』と言いましたが、それは当時の僕の感覚です。

しかし紛れもなく僕は、自分の意思でウソを付くと決めて、行動していました。

「カッコいい消しゴム、もうないよ。棚橋くんに頼んでみて、交換してもらえば?」

さらに、『消しゴムの交換するか?』の判断を、完全に棚橋くんに丸投げしました。

大事な問題の判断を、棚橋くんに委ねてしまいました。

僕の負のループ。

『本音を語れない』

『ごまかすために、ウソをつく』

『判断を他人に委ねる』

逆に榎本くんは「カッコいい消しゴムがほしい」と、自分の思いに忠実に行動しました。

僕の発言を少し自分に都合よく、解釈はしましたが、特に悪気はなかったと思います。

それに僕のウソがなければ、この行動は起きませんでした。

榎本くんとは、この消しゴムの一件から距離が出来ました。本当は僕がハッキリさせていれば、こうはなりませんでした。

この思い出は、本当にずっと心に引っ掛かっていました。

僕が悪かった。出来ればあの時、気付きたかった・・・。

消しゴムからの教訓。

 本音を語るのが一番いい。

もし、本音が語れない状況のときは、黙って静かにしておけばいい。

それは『ウソをつく』流れを断つための、静の行動。ウソをつくと、自分を中心に、悪い渦を作って、回りを振り回す。

負のループ。

『本音を語れない』 ↓ 『ごまかすために、ウソをつく』 ↓ 『判断を他人に委ねる』 ↓ 『自分を中心に、悪い渦・流れを作って、回りを振り回す。』

あの時僕が、このことに気付ければよかった。

 少し勇気を出すことから、ずっと逃げて来た。

少し勇気を出せない自分の、情けないところを見ないようにして来た。

もうこれ以上目は背けられない。

「棚橋くん、榎本くん、消しゴムの件で、もめさせてごめんね。僕がハッキリとものが言えなかったのがいけなかったよ。本当にごめんなさい。」

 他人のつくった「ウソからの渦・流れ」は、社会生活で、嫌でも見せられてしまいます。

回りの人たちは、振り回され、揺らされ、ぐらぐらになっています。少しでもそう言った「振り回し、振り回され」を無くせないでしょうか。

今考えられる一番の予防策は、ウソを付かない・他人にウソを付かせないことです。

「ウソを付くな!」と注意しても、人はなかなか止められません。

むしろ、強く言えば強く言うほど、足を引っ張る困った奴になります。

そう言う時は、笑いのセオリーを利用して、ウソを未然に防ぎます。

『落ちを先に言われると、その落ちは言えなくなる。なぜなら、言うとスベるから。』これを少しアレンジして使います。

『自分が、人が使いそうなウソ・でっち上げを、先に言っておく。先に言われたウソ・でっち上げは、先に言われた落ちの状態になる。それ自体がネタになる。逆にギャグ化する。真面目に言えば言うほど、白けるか、面白くなる。』

これでかなり、回りからウソがなくなります。

人は無自覚・無意識で、ウソやでっち上げ・ハッタリを、結構使っています。本人に直接言う必要はありません。

「テーブルマナーを知らない人たちに、そっと伝わるように」ぐらいのテンションで十分です。

すると、少しでも美学を持っている人が反応します。

「回りがウソやでっち上げ・ハッタリを使うのが当たり前だったから、つい合わせていた。やっぱりダサい。やめよう。」と肌で感じます。

この『ダサい』と肌で感じる空気感が大切です。

この空気が充満すれば、逆に空気に流されて、ウソやでっち上げ・ハッタリをやめるようになります。

少し笑いのセオリーの話になりましたので、笑うときのセオリーも説明します。

【笑うときのセオリー】

 『笑うときは、笑うことだげをする。笑いながら喋ったり、行動したりしない。感情が揺れているときに行動すると、必ずコケる。笑うときは、笑うことだけをする。そして、平常心に戻るまでは、じっとする。』

 変に笑いながら喋ると、茶化したことになります。

笑いながら動くと、いじめたり、コツいたり、意地悪・イタズラをしたみたいに見えます。

笑うときは笑うことだけにする。そして笑い終わった後は、残心してじっとこらえる。

これでおかしなことに、巻き込まれることはありません。

慣れてくると、笑うときから平常心のギリギリのところに持っていけるようになります。

その平常心のギリギリの位置が分かれば、日常生活で変に恨まれることがなくなります。

悪意の有り無しは、あまり関係ありません。

感情が振れているとき、揺れているときの行動が、回りへの害・自分への害になります。 

振り回した分は、必ず悪いことで返ってきます。

 僕は友達との関係を悪くしました。

そして、現在付き合いはありません。結果、友達を失いました。

そして長い間、心の奥で引っ掛かりになっていました。

心の引っ掛かりは身体を硬くします。

それにともなって思慮深さが薄れ、テンパりやすくなります。

柔軟な発想が出来なくなります。

自由で柔軟な行動が出来なくなります。

少しづつ動けなくなり、自分から動こうとしなくなります。

もうこれ以上、こう言うことが起きないように願っています。

僕は消しゴムを見るたび、榎本くんと棚橋くんのことを思い出します。

(2017.5.27)(2017.11改訂)

↑ PAGE TOP

inserted by FC2 system