武禅修行へGO!

武禅修行へGO!

忘れ物。

 僕が武道・武術を始めた切っ掛は、四歳の頃。

友達にイヤなことをされた時、「やめて。」と、ただ言うだけのことが出来なかった。

 少しの勇気が出せずにいた。

幼い僕は「代わりのもの」を探してしまった。

「強さの根拠」を求めて、迷走の旅が始まった。

 つい先日、出来る予感が現実になった。すると今まで抑圧していた自分の心の中が、よく見えるようになった。

 人間は同じことを繰り返す。

ループにハマる。

 僕は自分のループに気付くことが出来た。僕は本当に武道の達人になりたかった訳ではなかった。強い格闘家になりたかった訳でもなかった。

少し勇気が出せないまま、色々なことから、素通りして生きて来てしまった。

僕は、意気地無しのまま成長を止めた。

それをそのまま、全く気付かず、今まで生きて来てしまった。

四歳の頃から、代わりのものを求めて生き始めた。そしてこの癖が、僕の人生を苦しめる原因になった。

 今まで何をしても、上手く出来なかったり、物覚えが悪かった理由が、これだと分かった。僕は本心を偽り、ごまかしたから、頑張っているつもりだけど、本気が出せかった。

 先日出来る予感が実感に変わった。技術と身体の理解度が上がった。それに引っ張られて、心の理解度も上がった。

 今まで、代わりのものを追い求めたから、本気になれなかった。本気が出せなかった。

 『代わりのものを求めない。本当に必要なものを追い求めるだけ。』

こんな、誰でも知ってそうなことが、自分の中でハッキリして分かってからは、代わりのものに、気を取られることが、少なくなった。

すると、少しずつ、意識することなく、勇気が出せるようになった。

 四歳の時から、ホンの少しの勇気が出せたなら、僕の人生は別の方向へと進んでいたと思う。

「忘れ物がある。」

 小学校のグラウンド。四年生の僕が、今の僕にボソッと言った。

 ハッとして目が覚めた。

 「やり残したことがある。これをやらないと、どうも先には進めない。」

 子供の頃、まだJリーグがない頃。僕はサッカーが大好きだった。

そのことを忘れていた。

いや、「記憶に蓋でもしていた」と言う方が正しい。

あの四年生の僕は、ずっとサッカーがしたかった。でも六年生の時、中学に上がる直前に、サッカーをあきらめた。

 僕は小学三年生の時、サッカーが急に上手くなった。狙ったところへボールか蹴れた。カーブも蹴れた。

 「ああ、サッカーって本当に楽しいな。」と思った。

 母親がサッカーが好きな僕のために、少年サッカーに入れてくれた。僕は「もっと上手くなれる!」と思って、とても嬉しかった。

 しかし、現実は真逆に突き進んだ。上手くなるどころか、下手くそになった。

 僕のキックは実はトーキックだった。僕の蹴り方は修正された。

インサイドキック、インステップキックを強要された。

田舎の素朴な少年は、サッカー教室の先生の教えに、純粋無垢だった。

言われた通り頑張った。

 朝早く起きて、登校前に練習した。努力とは裏腹にどんどんと下手くそになった。

 小学校を卒業する頃、僕はボールをマトモに蹴れなくなっていた。少年サッカーの試合に出させて貰えても、ミスばかりした。

 小学三年生で上手くなって、小学五年で本格的に少年サッカーに通うまでの約一年間、僕は本当にサッカーが楽しかった。シュートもバンバン決めることが出来た。

 少年サッカーに入って、キックを修正して上手くいかず、ミスばかりするようになって、サッカーが徐々に嫌いになった。ミスを恐れるようになった。それはサッカーだけでなく、日常生活にも影響した。

 中学でサッカー部に入って、サッカーを続ける勇気が、僕にはなかった。中学には少年サッカーのメンバーたちがいる。僕のミスで負けた試合もたくさんあった。

「また、あいつがミスった!」

そう言われたくなかった。

みんなに迷惑をかけたくなかった。

でも僕は本当はサッカーが大好きで、ずっと続けたかった。

 あの、小学三年生の時の上達と、小学四年生の時の、ボールが自在に蹴ることが出来た感覚を、また味わいたかった。

でも僕は、みんなの目を恐れて、中学でサッカーをあきらめた。持久力があったから、陸上部へと進んだ。

 代わりのものを追い求め出すと、人生は迷路に入り込む。僕は深い深い迷路に入り込んだ。

 下手くそでもいい。

ミスを連発してもいい。

意地をはってサッカーを続けるだけの、勇気がなかった。

本当の後悔に気が付くまでに、29年もかかってしまった。

当時流せなかった涙が、今頃になって流れた。

 サッカーをやめた後悔を、ありありと思い出した。

ハッキリと認識した。

 今さらだけど、やるぞ。

 「はじめてみる?武道修行」を記し終えてから、少しボーッと過ごしていた。心の中に湧き出した「忘れ物」はサッカーをやめた後悔だった。

 28~34歳の間、草サッカーやフットサルをしていた時期があった。全くサッカーから離れていた訳ではない。

社会人の試合にも出たりしていた。

 当時はこの後悔に気付かなかった。

相変わらず、ボールは上手く蹴れなかった。それでも、武道修行で得た知識・ノウハウを駆使して頑張った。

 しかしそれは邪道だった。

経験者からは疎まれた。僕は汚いラフなサッカーをするようになっていた。

 武道修行を続けて、行くところまで行き着いたおかげで、ようやく己の本心が分かった。

あの小学四年生でつかみかけて、するりと滑り落としたものを、つかまえに行く。

シンプルに強いボールを蹴る。足でもう一度手応えを感じるために。それが僕の忘れ物だ。

 「いい大人が今さらサッカーか」って思われてもいい。今だから、サッカーなんだ。悔いを残して死にたくない。僕にとって、サッカーは観るものではなく、やるものだ。小学五年生で失敗した。後悔は今も続く心の傷だ。ようやく見付けた大切なものを、もう一度つかまえに行ってくる。

(2017.5.13)(2017.11改訂)

↑ PAGE TOP

inserted by FC2 system