武禅修行へGO!

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3.因果応報 〜自信を持って行動することに意義がある〜 Presented by


 

迷走


 僕の武道修行は、保育園で見失った「やりたいこと」「やるべきこと」「やったこと」の一致に気付くためのものだった。

 もしもこれを保育園でモノにしていれば、僕は一体何をしていたのだろう。

 今の仕事をしていたのかな。

 今は、とにかく英語を勉強している。

 不思議なもので、子どもの頃、感じたストレスがない。
 勉強が苦にならない。
 ネットや動画、アプリの恩恵もある。
 昔より勉強できる環境にいる。

 いや、本当にすごいよ。多分僕、英語話せるようになると思う。とりあえずコツコツ続けてみよう。

 なぜ僕は「強くなりたい」と執念のように想い憧れるようになったのか?

 それには、色々と原因があり、思い出すと胸が痛くなる。

 しかし、前ほど嫌な気持ちにならなくなった。

 このまま放置したら、そのうちどうでも良くなって、思い出すこともなくなりそうなので、今のうちに書き記しておく。

かずひろくん


 小学一年生の頃、二歳年下のかずひろくんと、僕は毎日のように遊んでいた。

 かずひろくんは、ファミリーコンピューターや色んなおもちゃを持っていた。僕はおもちゃを持っていなかったから、かずひろくんと遊ぶことに執着した。

 かずひろくんの家の庭には、砂場があった。

 夏休み、僕とかずひろくんは、二人で穴を掘り、山を作った。
 穴にバケツで水を溜め、池を作った。
 その後、かずひろくんは、ホースで山に水を落とした。

 山が崩れて行く。

 それを見た僕は、急におしっこで、山を崩したくなった。

 思い付いたら吉。

 僕は直ぐ様おしっこを山に掛けた。

 山に手を出したかずひろくんの手に、おしっこがおもいっきり掛かった。
 かずひろくんは「汚いよぉ」と泣き出した。
 僕はびっくりして、その場から逃げた。

皇帝の取り巻きだったイケちゃんの意地悪


 次の日、朝のラジオ体操で公民館に行った。

 かずひろくんは保育園児なので、ここには来ない。

 しかし、かずひろくんには、小学六年生の兄がいた。

 お兄ちゃんは昨日のことを、かずひろくんから聞き出し、そのことを皆に話していた。

 僕は皆から「汚い」「ひどい」と罵声を浴びせられた。

 僕もかずひろくんのお兄ちゃんに、正直に謝ればよかったのに、僕は一言も謝らずに、適当な言い訳を言って帰ってしまった。

 さすがに謝らなければと思い、かずひろくんの家に行き、本人に謝った。

 かずひろくんは「いいよ」と許してくれた。

 それからまた、毎日のように、かずひろくんと遊んだ。

 しかし、おしっこの事件はこれで治まらなかった。

 公民館の集まりには、保育園から一緒の同級生、皇帝の取り巻き四天王の一人がいた。

 こいつは、運動神経も思い切りも良く、四天王の中で、格はNo.2だが実力はピカイチ。

 イケイケなので、ここではイケちゃんと呼ぶ。

 イケちゃんは、ことあるごとに、保育園よりも増して、僕にちょっかいを出すようになった。

 僕がおしっこをかずひろくんに掛けたことで、僕に意地悪をしても、上級生がイケちゃんを止めなくなったからだ。

 僕はこの頃から、小学三年生の夏ごろまで、イケちゃんに、意地悪をされ続ける。

 これこそ、因果応報だった。

因果応報


 「因果」とは、原因と結果のこと。

 全ての結果に原因がある。
 原因のない結果は、一つもない。
 よい行いをすれば、よい結果が来る。
 悪い行いをすれば、悪い結果が来る。


 僕がかずひろくんにしたことは、イケちゃんの意地悪になって、僕にきっちりと返って来た。
 
 まさに自業自得とはこのこと。

 業は、カルマともいう。
 業は、行為、所作、意志による身心の活動、意志による身心の生活を意味する。
 
 仏教やインドの多くの宗教の説では、善または悪の業を作ると、因果の道理によって、それ相応の楽または苦の報い(果報)が生じるとされる。

 「因果応報」は、「原因と結果にまつわる法則」は「因果の法則」「因果律」「カルマの法則」とも言い換えられる。

  因果応報とは、よい出来事も悪い出来事も、自分に現れる結果のすべては、自業自得。
 
 自分に起こる全ての出来事は、自分の行いによって生み出されている。
  
 30代、再び挑戦する運命の試練の第一項目は、「菩提心を興し、プッツン体験をすること」。
  
 「菩提心を興す」とは、自分の「因果応報」「自業自得」のパターンを見抜くことだ。

 まずは、心随観の基本である客観的な観察で過去を振り返る。
 
 その時、嫌なこと、目を背けたくなる内容、どうしても人を許せない感情など、今まで思い出さないようにして来た出来事など、心に蓋をして来た未解決の思い出が溢れ出して来る。
 
  それらのものごとを、人のせいにせず、ただ単に運が悪かったと捨ててしまわず、自分が起点の「因果応報」「自業自得」を見付け出すために、思考を走らせず、ただ観察する。

 最初は感情的になる。人にイライラしたり、余計な思考が走ってしまう。
 「なぜ、こんな簡単なこともできないのか?」
 「なぜ、こんな簡単なことも理解できないのか?」
 「なぜ、こんなにも、気が利かせられないのか?」
 「なぜ、見え透いたウソをつく?信じられない!」
 など、憤りしか感じない。

 それでも我慢強く、自分が起点の「因果応報」「自業自得」を見付けるため、観察を続けていると、今まで特に問題にしなかった出来事が、急に意味ある出来事へと変わり始める。
 
 僕は、すべてのものごとに対して、「誰しもが僕に都合よく動いてくれたらいいな」と、自己中心的で都合のよい期待を掛けていた。
 
 僕は人から「すごい!」と言われたいばっかりに、好きでもなく興味もないものごとに一生懸命になり、結果を出そうと頑張り続けていた。
 
 《「やりたいこと」「やるべきこと」「やったこと」三つの一致の法則》の、「やりたい気持ちの持ち方」を間違えると、ものごとは上手く進んで行かない。
 
 「やりたい気持ち」に、「劣等感を満足させるための動機」があると、最初は上手く行くかもしれないが、結果は最終的に先細りする。
 
 「やりたい気持ち」に、「自分の都合」「人の都合」があると、最初は上手く行くかもしれないが、結果は最終的に先細りする。
 
 「やりたい気持ち」に、「好きだから」「たのしいから」の気持ちがあれば、結果はどうであれ、続けていける。
 
 「やりたい気持ち」に、「人のため」「人類のため」「愛のため」といった、「全体へのために」が動機にあれば、最初は上手く行かないかもしれないが、最終的にはよい結果に収まる。
 
 やりたい気持ちの持ち方の法則は、漠然としていて、「本当かよ?」と思うかもしれない。武道修行者には、少し武道に置き換えて説明すれば、わかりやすいかもしれないので、補足を入れておく。
 
 

道場の神棚


 よく道場に神棚がある。
 
 道場の神棚には、鹿島、香取大明神が祀られており、稽古の前、稽古の終わりに必ず礼拝をする。神様のような目上の大きな存在に対して礼拝すると、よほどのバチあたりでない限り、普通は尊敬心と畏怖の念が湧き立つ。

 この尊敬心と畏怖の念をもった持ったまま稽古をすることが、武道の上達の秘訣である。

 道場の外、稽古以外でも尊敬心と畏怖の念を持ち続けることが、全体へ繋がる一番簡単な方法である。

 武道の稽古は、平常心を保つことと、全体との繋がりを保つことが目的である。
 
 全体と繋がる前には、ある程度心のコントロールを修得する必要がある。

 順番としては、(1)平常心の獲得、(2)全体との繋がりを感じる、となる。

「平常心でなく行動し、失敗した経験」
「平常心で行動し、手応えを感じた経験」



 平常心を保つためには、平常心でない時に、無理に行動して失敗した経験と、平常心で行動して成功した体験がいる。
 喜んでいる時、楽しんでいる時の感情の振り幅が、平常心の範囲から外れると、必ず悪いことが起こり、「ふざけてはいけないんだな」と思うエピソードがあれば、それを必ず守ること。

 そういったエピソードが思い付かなければ、まずはそれを探し出すこと。

 平常心でなく行動し、失敗した出来事は、「因果応報」「自業自得」の観点から、何が原因だったかを観察する。

 原因と結果の関係が納得できれば、原因だった自分の考え方や行動を改め、新しい原因を作り、よい結果が来るか経過観察する。

「因果応報」「自業自得」を観察


 全体に繋がり始めると、「人のために」「人類のために」「愛のために」何か奉仕活動みたいなことを始める切っ掛けが、目の前に現れては消えて逝く。

 その時、「やるか」「やらないか」を決めなければならない。
 
 僕は、「気のせいだ」と思うことは、絶対に気のせいではないと思う。
 
 もし、目の前に「切っ掛け」が来たら、抗うことなく、迷うことなく、やる方がよい方に収まると思っている。
 
 それが「面倒だ」と思う原因は、まだまだ尊敬心と畏怖の念が弱く、増上慢と劣等感が強いところにある。

 それでもある程度、心のコントロールはできている。

 心のコントロールをマスターするためには、自分自身の考えと行動が創り出した原因を見極め、「因果応報」「自業自得」の結果を受け入れ、新たな考え方と行動のパターンを決めて、新たな原因を作り、新たな結果を見極めるサイクルを続けることである。

 「人のために」「人類のために」「愛のために」何かを始めない原因は、心のコントロールをある程度マスターした後に立ちはだかってくる「増上慢」と「劣等感」からの問題を避けたところにある。

 「増上慢」と「劣等感」は心の問題の強敵だ。
 
 見なかったことにしたくなる。
 
 「増上慢」と「劣等感」と対峙しなければ、どんな結果が出たとしても、湧き出る知恵から「こんなものだよ」と増上慢に陥り、「人は人、自分は自分。挑戦に何の意味もない」と殻に閉じこもり、自身に見え隠れする劣等感への運命の挑戦と、「因果応報」「自業自得」の新しい原因と結果の経過観察も放棄することになる。

 僕は数々の間違いをしでかした。


 どうでもいいものごとを、不純な動機でいくら頑張ったところで、結果が出ないのは当然である。
 それを人のせいにしたり、環境のせいにしたり、運のせいにしたりして、僕は今まで悪態をついて来てしまった。
 
 このような過ちに気付いた時は、素直に反省し、謝罪の言葉を心の中で、時には口に出して言い続ける。

 このような過ちを犯した僕を相手してくれた人たちには、素直に感謝し、感謝の言葉を心の中で、時には口に出して言い続ける。

 心随観の客観的な観察、懺悔の行、感謝の行は、直接本人に謝罪することや、感謝の気持ちを伝えるためにするものではない。
 心随観の客観的な観察、懺悔の行、感謝の行は、「因果応報」「自業自得」を見抜くためにする。

 では、どうすれば「因果応報」「自業自得」を見抜くことができるのか?
 「因果応報」「自業自得」を見抜く過程(プロセス)は人それぞれで、当ホームページは僕の一例に過ぎない。
 しかし、過程(プロセス)が違えど、「因果応報」「自業自得」を見抜くことができれば、誰しも同じ心境になり、結果は同じになる。
 「因果応報」「自業自得」を見抜く前は、過去を振り返った時、過去の嫌な想いを思い出してしまった時、嫌な気持ちが蘇り、過去を振り返ることは、気分のいいものではない。
 しかし、嫌な想いをしたものごとの「因果応報」「自業自得」を見抜いた後は、いくらそれを思い返したところで平常心であり、昔のように嫌な気持ちがぶり返したりしない。
 
 「因果応報」「自業自得」を見抜いた後、過去嫌な想いをしたものごとと同じものごとが、人や場所を変え、再び目の前で起こったとしても、嫌な気分にならず、平常心でいられるようになる。
 
 《過程(プロセス)はどうであれ、「因果応報」「自業自得」を見抜くことができれば、平常心を維持できる》ということだ。

 平常心が保てれば、次は勇気を出す。

因果応報・自業自得を見抜いたら勇気を試される


 これまで上手く行かなかったのは、自分の考え方と行動にある。
 それらの間違いが原因で、「因果応報」「自業自得」の報いを受けて来た。

 「因果応報」「自業自得」の報いを、よい結果にするためには、新しい自分の考え方と行動で、原因を作り直す必要がある。

 間違いのルールを捨て、新たなルールに挑戦する。

 「新たなルールに挑戦すること」を提唱しているのは、数多ある禅寺の中で、唯一電脳山 養心寺だけだ。

 今までの間違いだらけのルールは捨て去り、新たな考え方と行動で、原因を作り出す。
 新たな原因は、どのような「因果応報」「自業自得」の報いを受けさせるのだろう?
 新たな考え方と行動で生活するということは、今までとは勝手が違う。
 発言や態度がコロコロ変わると、原因と結果の因果関係が分かりづらくなるから、人によって発言する内容を変えてもいけないし、態度もなるべく同じに統一しなければならない。
 なるべく自分の考えと行動が、一定で安定したものになるよう、発言と態度、生活習慣を改めることが重要である。

因果応報と上手に付き合う


 因果応報の教えは、世間一般的にいうと、〈よい行いをしたら、よいことが返って来ますよ〉というものだ。

 しかし僕は、いくらよいことを実践してもよいことは起こらず、逆に悩みや苦労ばかりが増えてしまう悪循環に陥り、この矛盾した教えに憤りを感じたことがある。

 なぜ悩みや苦労が増えてしまうのかと言うと、よい行いと思ってやっていることが間違っているからだ。

 本当のよい行いとは、世間一般のいうような「よいこと」ではない。
 本当のよい行いとは、「自分の運命に合うこと」をすることだ。

 多少、道徳・倫理・法律から見て、「これはどうかな?」と言うことも、たまにはある。(ほとんどはない。)   
 修羅場や死線を潜って来た経験や、やるべきことを行い、手応えを感じて来た自信の有無は、瞳の奥を見れば分かる。
 逆に言えば、修羅場や死線を潜って来た経験や、やるべきことを行い、手応えを感じて来た人間は、目を合わせて相手の実力を量ることができる。
 瞳の奥の深さが分かれば、自分の人生経験の中で計測可能な実力であり、瞳の奥が見えないような格上の場合は、得体のしれない何かを感じ、恐怖を感じる。
 僕の場合、この時感じる恐怖心は、「相手も自分と同じようなことができ、更には“それ以上の何か”があるかもしれない」という、無意識の推測から来るものだ。
 ほとんどの場合、取り越し苦労である。
 格上は常に力を抜き、無我な状態でたたずんでいるだけで、《他人は自分を写す合わせ鏡》の状態を作り出す。
 格上を見た時感じる印象は、「多くの人は、自分のことを、このように見る」という、《他者から見た自分》に過ぎない。
 格上から感じる恐怖心は、自分自身の心の問題である。
 

「自分の運命に合うか?」


 この一点で見ると、同じ行いが、時と場合でよい行い、悪い行いに変わる。

 その典型例が、ケンカをすること。

 世間一般的にケンカをすることは、よくない。

 幼い頃から「お友達とは仲良くしなさい」と教わる。

 人は生まれてすぐ、ケンカを禁止され、「ケンカは悪いこと」として教え込まれる。

 ほとんどの人は、それを忠実に守り、良い子に育つ。

 幼児の頃からケンカを禁止され、青年の頃には「目上の者を敬いまいましょう」と教わる。

 それを疑うことなく実践し、大人になる頃には、上司や先輩に逆らえない性分になっている。

 子どもの頃の成功体験に、親に言うこと聞いて「いい子だね」と褒められた経験が強かった場合、今度は上司や先輩に褒められるために、子供の頃と同様、上司や先輩の言うことを聞いてしまう。

 他人の言うことを聞いて行動し、それが他人の都合のためだったなら、人は少しづつ、自分の運命から遠ざかって行く。

 ごくまれに、辰吉丈一郎のような育てられ方をする子もいる。

 「ケンカはやってもいい。負けを認めるな」

 禁止事項無く育った子は、どんなときも、どんなことも、躊躇なくやる。

 勝負どころで勝負しやすい。

 人の都合に合わせること無く、やりたいようにする。

 自分のやりたいように行い、間違いに気付くことができ、改心すれば、運命から外れることなく運命の中にいる。

 ほとんどの者は、子供の頃作られた禁止事項のせいで、回り道を余儀なくされる。

 代わりのものを求めるようになる。

 禁止事項の多くは親からのしつけや教えから作られる。

 このように、カルマ(業)は、知らず知らず親から子へと、受け継がれていく。

 自分が信じている常識や迷信は、親から子へ、先祖から子孫へと受け継がれて来たものだ。

 〈よい行いをしたら、よいことが返って来ますよ〉

 この解釈は、自分のアタマでひとつすること。

 よいことをしても、幸せになれない原因は、禁止事項を作る切っ掛けになった親でなく、それを見破れなかった己にある。

 肴はとくにこだわらずには、このような無意識の呪縛を指摘した記事がある。

 僕はこの記事を読み込み、過去を振り返る中で、「ああ、そうかもしれない。僕の考え方がそもそも間違いだらけだった」と思うようになった。

 これが僕の考えと行動を変える切っ掛けだ。
  
 自分の運命から外れたことを、いくら一生懸命頑張っても、幸せは来ない。

 むしろ幸せは、どんどんと離れて行く。

 〈【坐禅作法35】運命は変えられるのか?〉に、言葉の処方箋がある。

 僕は無意識の呪縛を解き放つため、これを何度も読み、音読し、紙に書き起こした。

 言葉には力がある。

 愚痴や憤りを吐きながら、人と酒を呑み交わすぐらいなら、僕は言葉の処方箋を読みながら、一人で晩酌をする。

 肴はとくにこだわらず。


言葉の処方箋


 自分を取り巻く環境は自分の心の反映にすぎない。

今の自分の境遇は今までの自分の責任。
(布施仁悟)


心の豊かさや貧しさにふさわしい人生を人は歩む。
(布施仁悟)


 この心の法則・因果律は誰にも公正に働いている摂理なのだ。

誰一人として謂(いわ)れのない苦しみは受けない。
(布施仁悟)


 葬式仏教とは心の法則よりも環境の法則を探求している凡人たちの偏見。

常識とは偏見のコレクションのこと。
(アインシュタイン)


  管理すべきは状況ではなく自分の心。だから禅者は自分の心を探求しよう。

「心の中で何をしているか」それが大いに重要なこと。
(ジョン・マクドナルド)


責任をとるわけでもないことを考えたってしょうがない。
(布施仁悟)


 それは人間関係でも同じこと。家族や友人を相手にちょっと試してみるといい。

他人のオツムは管轄外。
(布施仁悟)


相手の態度も自分の心の持ち方次第。
(布施仁悟)


結局のところ自分の心の問題であって相手のオツムの問題ではない。

(布施仁悟)


誰にも期待しないとき、その周りから敵意はなくなる。
(布施仁悟)


 相手の態度が変わるのは偶然なんかじゃないんだよ。

因果律を疑うほどにドツボにハマる。
(布施仁悟)


 こうして心の法則を探求し続けて因果律の観察に熟練してくると、常識、道徳、伝統、信仰、倫理は偏見にすぎないと見破れるようになる。


矢印マーク  参照:肴はとくにこだわらず
【坐禅作法35】運命は変えられるのか?

変えられる!自分を信じて実践あるのみ!

 

考えと行動を変える


 小学三年生の夏、僕は反撃に転じた。

 「イケちゃんの心が折れるまでやる」「戦う」と決めた。

 勝ちに拘る。
 勝つためには、最悪武器を使っても良いと決めた。
 ただ、武器を使えば相手も使う。

 あらかじめ棒を握って戦いに行った場合、相手も同じように、仕返ししてくるだろう。

 武器はあらかじめ準備することはせず、喧嘩の流れでどうしても負けそうな時、近くにあるものをパッと掴み、振り回す程度と決めた。

 そう決めた翌日の朝一、教室でイケちゃんが僕をからかい、叩いて来た。

 僕は、ここぞとばかりに反撃に転じた。

 イケちゃんは、びっくりしながらも、

「こんなはずじゃない」
「もう少し叩けば、大人しくなるだろう」

と、やり返して来た。

 僕は一切妥協をしなかった。

 先生が教室に入って来た。
 イケちゃんは、パッと席に座り、戦いから逃れた。
 とはいえ、まだイケちゃんの心が折れた訳ではないから、勝負は引き分けだ。

 一時間目が終わり、先生が教室を出た。
 僕は直ぐ様イケちゃんに攻撃した。
 回りの皆はビックリしていたが、関係ない。

 僕とイケちゃんとの戦いは、休み時間の約10分間、先生が来る次の授業まで続き、また引き分けに終わった。

 僕は、次の休み時間もまた、給食を食べ終え、先生がいなくなった昼休みもまた、イケちゃんへの攻撃を続けた。

 一日で決着は着かなかった。

 それでも根気よく戦ったおかげで、この日を境に、イケちゃんは、僕に意地悪をしなくなった。

 イケちゃんとの戦いは、僕の根気が勝利をもたらした。

 『もう戦いは終わった』
と、ホッとして喜び、しばらく平和に酔いしれていた。

ある日、イケちゃんが急に肩パン(肩にパンチ)を打って来た。


 意地悪を楽しみにして生きて来た奴は、なかなかそれがやめられない。
 癖であり依存症だ。
 癖や依存性は、発作を永遠に繰り返す。

 やめさせる方法はだた一つ。

 こいつの頭深くに根付いた、意地悪の快感を消すため、もっと大きな痛みや後悔を刻むしかない。

 意地悪をやめなければ不幸になると気付かせる!

 僕はビックリしながらも、負けじと肩パンを打ち返した。

 イケちゃんも肩パンを打ち返す。

 僕もまた打ち返す。
 イケちゃんも打ち返す。

 ここで僕は、密かに用意していた必殺技の頭突きをお見舞いした。

 ゴツッ!

 「いてっ!くそっ」

 イケちゃんも頭突きで返そうと背筋を反らせた。
 僕は相討ちのタイミングで、イケちゃんの頭へ思い切り頭突きをカマした。

 ゴツッ!!

 「いって~」

 イケちゃんは頭を押さえてしゃがみこんだ。

 『今度やって来たらやり返す!(肩パンじゃなくて)いきなり頭突きするからな!』

 僕が保育園で見失った「やりたいこと」「やるべきこと」「やったこと」は、やられた時に、「やめて」と言うこと。

 残念ながら、捨て台詞を吐いたところで、この三つは一致しない。

 それ以降イケちゃんは、僕に意地悪をして来なくなった。

 僕は、イケちゃんの心を折ることに成功し、この戦いに勝った。

 僕は結局、意地悪が無くなりホッとしただけで、この戦いから自信を得ることも、手応えを感じることもなかった。

 掛け違えたボタンは、一番最初から戻さなければならない。


 二十九年周期の二周目は、その掛け違いを元通りにするためのものだ。

 四歳のやり残した問題は、三十三歳の頃、姿・形・登場人物・シチュエーションを変えて、再び目の前に現れる。

 僕のやり残した問題は、まず勇気を出して声を出すことだった。

 「やめて」

 勇気を出して声を出すことが、現実になるためのOJT(On-the-Job Training、オン・ザ・ジョブ・トレーニング)が始まった。

 自信がないから勇気が出ない。
 声にならない。
 強くなれば、自信がつくかもしれない。

 二十代前半から続けていた武道は、二人で技を掛け合う稽古ばかりだ。

 これでもうまくなって「上達した」と、手応えを感じることができれば、満足したのかもしれない。

 現実は残酷で、師範や先輩の指導のとおり、技をやればやるほど、考えるようになって、できなくなった。

 スパーリングや乱取り稽古も無く、強くなった実感がない。

 上達した実感も、強くなった実感もしないような武道を続ける意味って何だろう?

 これならごちゃごちゃ考えず、ぶん殴った方が護身としてもいいんじゃないか?

 そう考えていた僕に、係長が、「ダイエットでボクシングがしたい。一緒にやろう」と、声を掛けて下さった。

 この時僕は三十一歳。

 僕は武道の稽古を一旦中断し、ボクシングをやってみることにした。

 四歳の時、見失ったことを思い出すためのOJT(On-the-Job Training、オン・ザ・ジョブ・トレーニング)が、静かに開始された。

 僕の運命は再び動き出した。

 

自信 ―頭突きが必殺技の理由―


 僕が小学三年生の時、頭突きを必殺技にしたのには、明確な理由がある。

 それは、頭の硬さに自信があったからだ。
 自信をつけた理由は、簡単で単純なものだ。

 父方の祖父は日頃から、なぜか僕の頭に頭突きをしては「石頭」と言い、ニコニコする習慣があった。
 なぜおじいちゃんが、そのような特異な習慣を実践していたかは、誰にも分からない。
 でも僕は、おじいちゃんが「石頭」と褒めてくれることが、とても嬉しかった。
 おじいちゃんと頭をぶつけ合う中で、本当は痛い時もあった。

 それでも僕は、おじいちゃんが褒めてくれるのが嬉しいから、痛い素振りは一切見せず、なるべく平然と振る舞うようにした。

 僕は次第に、「僕の頭は石頭だから、誰よりも硬い」と、自信を持つようになった。

 あの頃の僕の頭が、本当に硬かったかは、今となっては分からない。

 おじいちゃん以外の人に、頭突きを試す前から、「僕の頭は石頭だ。誰よりも硬い」と自信を持っていた。

 ケンカで頭突きを撃ち込んだり、頭をぶつけ合う根性試しの勝負の時も、誰にも負けたことがなかった。

 やはり、やる前から「誰よりも硬い頭だ」と信じて頭突きをすることに意義がある。

 頭突きが強い一番の理由は、普段厳しくて怖かったおじいちゃんが、毎日頭突きして「石頭」と褒めてくれたから。

 これが自信に繋がった。

 この自信の付け方は、辰吉丈一郎のエピソードにもあるので紹介する。

親父は「なんて下半身の強いやつなんだ!」とびっくりしたらしい


 そういえば、ボクは一歳の誕生日前にもうしっかり歩いていたという。最初に歩いたのは七ヶ月のときだったというから、メチャクチャ早い。一歳の誕生日のときにはすでに何足かの靴を持っていて、外を走りまわっていたと親父からは聞いている。だから親父は
「なんて下半身の強いやつなんだ!」
とびっくりしたらしい。

 親から授かった特異な体。いまボクサーになって最大限に生かされたのではないだろうか。ボクサーは下半身が強くなかったら、打たれた場合、踏ん張りがきかず立っていられない。見た目は細くてモロそうだか、ぼくの下半身は強靭だ。

これも親に感謝しなくてはいけない。

辰吉丈一郎自伝 波瀾万丈 P15~16

矢印マーク  辰吉丈一郎自伝 波乱万丈


辰吉 丈一郎
 元WBC世界バンタム級王者。
 レフェリーのリチャード・スチールが辰吉の引退時の賛辞として「オスカー・デ・ラ・ホーヤには若い女性ファンが何人いるか知らないが、あれだけ多くの青少年を夢中にさせるという点では、辰吉が世界一だと確信している」と呈した。(wikipediaより)

自信を持って行動することに意義がある


 子どもの時に得た自信は、大人になっても揺るがない。おじいちゃんの継続する力が、僕に自信と石頭を与えてくれた。

 おじいちゃんが密かにくれた自信は、僕にとっての宝物だ。

転校


 小学四年生の時、僕は転校する。

 イケちゃんとの縁は、ここでプッツリと切れる。

 中学で再会しても、お互い興味が無くなっていた。
 
(2019.4.17)

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