武禅修行へGO!

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30代、蒼い旅路 Presented by

〜手放した後の挑戦〜

2.興菩提心とプッツン体験

才能覚醒への取り組み方


 大人になって、サラリーマンになる。毎日朝早く出勤して夜遅くまで仕事をする。休日は疲れ切って寝て過ごす。たまに早起きした休日はゴルフ。父親の表情は、心から楽しそうに見えない。大人になると、やりたいこともできなくなるんだ。大人になったら約四十年も苦しまなければならない。一体どうすればこの苦しいみから逃れられるのだろう?

 野球選手。漫画家。プロボクサーになって世界チャンピオン。サラリーマン以外で、たくさんお金を稼ぐにはどうすれば良いのだろう。サラリーマン以外の仕事に就くには才能がいる。

 僕には才能があるのかな?

 これは僕が子供の頃、父親を見て思っていたことだ。

 「才能は、生まれる前から授けられたもの」、「遺伝子」や「体の特異体質」の類だと思っていたが、『肴はとくにこだわらず』を読み、その認識が半ば間違っていたことに気づく。

 才能は、誰にでも自分の奥深くに眠っている。人生は「それをどこまで深く掘り起こせるのか」の勝負である。

 『肴はとくにこだわらず』は、才能の発掘方法を、簡単に、誰にでも分かりやすくした教範だ。

 二十七歳のクロスロードに立った者は、地元に帰り、過去を振り帰る。

 忘れ物を取りに行くために。

 やるべきことの続きを見つけるために。

 僕が坐禅を始めた切っ掛けは、武道でなかなか上達しなかった時に、稽古仲間に「坐禅でもすれば?」と薦められたから。

 「かつての達人たちが武道修行に禅を取り入れたのは、もしかしたら武道の上達と、悟りへ階段はリンクしているのかもしれない」

 「坐禅で武道が上達するのかもしれない。試しにやってみよう」と、坐禅について調べるようになった。

 ある日僕は、ネットサーフィンの末、『武禅ライフでいこう!』『肴はとくにこだわらず』にたどり着いた。

 僕にとって、ネットサーフィンの荒波の向こう側に在ったこのサイトは、三蔵法師が経典を求めた天竺であった。

 『肴はとくにこだわらず』を読み、特に驚いたのは『人生29年周期説』だ。

 人生29年周期説を要約すると、

(1)29年で一周期。
(2)その一周の間にやるべきことがある。
(3)やるべきことは順番がある。
(4)やるべきことには、タイムリミット、「締切り」がある。


 やるべきことの1つめは、

1.菩提心を興し、プッツン体験をすること。


 菩提心を興すとは、

原因と結果にまつわる法則を見抜くこと


 それは、
 「場所、目の前の人物が変わっても、自分は同じ役割のポジションに就くこと」

 「場所、目の前の人物が変わっても、自分は同じような成功、同じような失敗を繰り返していること」

 「場所、目の前の人物が変わっても、自分は同じ悩みを繰り返しことしている」

 「場所、目の前の人物が変わっても、自分は同じ苦しみを繰り返ししていることこと」
 
 これらの「結果」は「自分の考え方」と「行動」が「原因」で招いていると気づくことだ。

 この「原因と結果にまつわる法則」は「因果の法則」「因果律」「カルマの法則」ともいう。(※以降「原因と結果にまつわる法則」は「因果律」と書く)

 因果律は、他人事でなく自分事で見抜いた時、本当に見抜いたと言える。

 因果律を自分事で見抜くには、

 ①目の前のものごとに精一杯取り組み、悩み苦しみに真っ向勝負する。  
 ②「この、自分がどんなに頑張ってもうまく行かない時、背後に“大きな何かの力”“全体の流れ”が働いているように感じ、「畏怖の念」を覚える。
 ③努力頑張りが限界に達し、「自分ではどうにもならない」と、己の無力さに涙を流す。


 この手順と順番で因果律を自分事で見抜いた時、電脳山 養心寺山門前道場では「菩提心を興す」という。

 菩提心を興こしたなら、勇気を出してプッツン体験をする。

プッツン体験とは、因果律を見抜く過程で見つけた「自分の考え方」と「行動」をスパッとやめる。そして新たなルールで行動すること。


 これまで上手く行かなかった原因は「自分の考え方」と「行動」にある。それらは間違いだらけのルールだ。

 間違いのルールを捨て、新たなルールに挑戦する。

「新たなルールに挑戦すること」を提唱しているのは、数多ある禅寺の中で、唯一電脳山 養心寺だけだ(と思う)。

 これは自分の悪い癖を直すこと。自分で躾し直すことに他ならない。

 悪い癖である「自分の考え方」と「行動」をスパッと止めるのは禅の説く「手放すこと」だ。
 手放した後、新たなルールを作らずに生活しても悟りには至るだろう。
 全体の流れが見え、この流れに逆らわなければそこそこ心地よい。そんな心地よさを感じている時に、より良くなるヒントや警告が目の前に現れても、悟り後の執着心の無い者は、わざわざそれらを追いかけたりしないだろう…。

 手放し続ける禅をストイックに行うと、人生は質素なものか、質実剛健なものになる。

 手放した後、すぐに捕まえにいくのが電脳山 養心寺の坐禅作法だ。

 少なくとも悟るまでは、手放した後、すぐに新たなルールを決めて行動するようにしたい。そうすれば、色々な経験を積むことができる。その度に喜怒哀楽を感じ、人生は豊かなものになる。豊かなものにしてからでも、手放すことはできるのだ。
 
 興菩提心→プッツン体験初心者の頃は、“大きな何かの力”“全体の流れ”に身を任せているような感じはない。

 しかし、興菩提心→プッツン体験を繰り返していると、次第に“大きな何かの力”“全体の流れ”に身を任せていると感じる。

 全体を感じ始めると、他人も自分も同じ全体の一部だから、仲間なような気がして来る。愛着や執着とは違った暖かい気持ちを他人に感じるようになる。

 この暖かい気持ちが愛の芽生えだ。

 僕は愛が芽生え始めるまでの間、他人には本当に酷いことばかりしてきたと思う。

 三十代のやるべきことは、興菩提心→プッツン体験を繰り返し行うことだ。

 それは自分の悪い癖を直すこと。自分を躾し直すことだ。
 その過程で人で人に酷いこと、辛く当たることもある。
 優しい気持ちがあれば本当につらい。

 プッツン体験をする時、絶対に間違えてはいけないルールがある。

 それは、

(1)プッツンは開き直らず、常に平常心で行うこと
(2)自分一人で決めること
(3)決めたことは自分一人で徹底すること


 優し気持ちがなければ、残念だが、三十代のやるべきことはない

 勇気がなければ、残念だが、三十代のやるべきことはできない

 三十代の蒼い旅路には、

(1)達人の切符
(2)三十代のパスポート
(3)継続する力


が必要だ。

 三十代のリベンジャーは、これまでの人生で「やりたいこと」「やるべきこと」「やったこと」の一致を、うまくできずに来てしまった迷い人だ。

 三、四歳の一番最初に掛け違えたボタンを直さぬままでいる。
 どうすればいいのか?
 どうすればよかったのか?
 
 それがわからぬまま二十代半ばを過ぎた。

 しかし、それでも諦めず、もう一度立ち上がろうとするならば、達人の切符、三十代のパスポート、継続する力を用意してほしい。

 このどれか一つでも欠けると、三十代の勝負どころで、必ず妥協するからだ。

 「仕方ないよ」

 「どうにもならない」

 「ここまで頑張ったのだんだから、もういいだろう?」

 「ウソをついてしまった。大丈夫、大したことはない。誰でもこれぐらいはするんだから」

 「見て見ぬふりをしよう」

 「誰も見ていない。バレなきゃいいんだよ」

 妥協とはこのような言葉を吐き、ものごとを切り上げることをいう。

 妥協には段階がある。


(1)「やりたいこと」を諦めた時
(2)「やるべきこと」を諦めた時
(3)「やるべきこと」が「やりたいこと」に合わせられない時
(4)「やるべきこと」をやらなかった時
(5)「やったこと」が「やりたいこと」「やるべきこと」と一致できなかった時


 今取り組んでいるものごとで、今時分がどの段階なのかを判断する。

 三十代のリベンジャーは妥協してはいけない。

 二十九年間、苦い敗北を味わって来たのだから…。

 負けるのは怖い。

 二十九年間負け続けたせいで、今のままでも良いと、勝負に出られないのかもしれない。

 しかし、「今のまま」がこの後も続く保証はどこにもないことを忘れてはならない。

 月日が経つと、身体は衰える。
   
 三十代前半の頃、見た目は二十代の者と何ら変わらない。
 だから、僕はまだまだ自分が若者だと思っていた。

 三十代半ばを迎えても、二十代の者と何らの遜色もなかった。

 しかし、三十六歳を迎えると、あの頃できた「体力勝負」ができなくなった。

 夜遅くまで頑張ると、次の日から集中力が出ず、何日も使い物にならなくなった。

 昔なら一日しっかり寝て、適度な運動をすれば回復した。

 それが全く回復しなくなった。

 今まで鍛えていたおかげで、「鍛えても維持できない徐々に衰えていく体力の存在」が分かった。

 今までの僕の仕事スタイルは、一気に集中して問題が解決するまで、時間はいくらでも掛ける「一点集中の全力発揮型」だった。

 それが三十六歳の後半からは、徐々にスタイルを模索して、今は完全な「マイペース型」になった。

 ペース配分を決め、無理をせず、常に一定で働く。全てのものごとに無理をせず、使う体力・気力・集中力は、どのものごとでも同じにするようになった。

 そのためには「計画を立てる」、「他人に任せたことは一切関与しない」、「他人の面倒なことを肩代わりしない」、「自分のやるべきことが最優先」を徹底する必要があった。

 徐々に「できたこと」が「できないこと」に変わり始めた。

 三十六から四十歳までは、「やりたいこと」のために、「やるべきこと」へ「のアプローチの仕方」を模索するためのものであったと感じる。

 あの模索のおかげで、今までの間違いだらけだった《「やりたいこと」「やるべきこと」「やったこと」の一致の方法》が確立されつつある。
   
 三十八を迎えた頃には、「もう、二十代の若者たちと同じ括りには居ない。僕は十分年をとった」と、はっきりと認識した。

 四十代を迎え、五十代になった時、見た目はおじさんで、三十代前半のままの中身とスキルの僕が、あの頃と同じで居られるはずがない。

 「仕方ないよ。誰でもそういうものだからね」

 あの頃と変わらぬものが、妥協とあきらめだけにならないように…。


 達人の切符、三十代のパスポートを取得した者で、継続する力を未取得の者は、カズキの行住坐臥の修行を参考にしてほしい。

 自分自身の人生で、山本昌、長谷川穂積、西川きよし師匠のように、「継続することで力になる」、「更には、より強力な力に変わる」と手応えを感じてほしい。

 
(2019.4.3)

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